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【2020/05 葬列】①

おれが敏感肌用の目の細かいガードが付いた顔そり用の剃刀や眉コームと眉バサミを借りて、タオルや着替えと一緒に包んで抱え、スマートフォンも一緒に持って風呂場に行こうとしたらフリーザーバッグをくれた。 ありがたくいただいて、扉を閉めて手前にある便座の蓋の上に荷物をおいてから洗面台で端末をフリーザーバッグに入れた。試しに触ってみると支障なく使える。 ついでにそのままシンクにお湯を張ってタオルを浸し、絞って顔に当てて蒸らしながら剃刀をお湯に浸して暫く置き、石鹸を泡立ててからその剃刀で所々伸びてきていたところの髭を剃った。 眉周りを整え、顔を洗ってからシンクのお湯を捨てて浴槽に向かうと浴槽の縁にサロン専売品のシャンプーとリンスのボトル、ヘアパックのジャー、パウダーインのミントのボディソープが並べてあった。 低いほうの留め具にシャワーヘッドがあったので高いほうに移して、温度設定を確認してシャワーからお湯を出す。服を脱いで、フリーザーバッグに入ったスマートフォンを持って浴槽の縁を跨いだ。 シャワーの出ている方に背中を向けて、浴びながらお母さんにメッセージを送る。 「お母さん、急にごめんね。うちの鍵を長谷に貸してあげてほしいんだけど、取りに行かせてもいい?」 「あら、長谷くんうちの連絡先知ってるはずなのに。態々ご丁寧に」 え、そうなの? 「そうなの?長谷誰から聞いたのかな、ハルくんかな」 「そう」 あぁ、やっぱそうか。なんであの二人そんな親密になってんだろ。 「てか、こないだ寄ったとき、なんでお母さんのとこに長谷いたの」 「警察の人が話聞きたいって言ってるから連絡先教えてもいい?ってハルくんに言われて、いいよって言ったの。そしたらその相手が長谷くんで、もしかしてあの刑事さんのご家族かなと思ったから訊いたらそうだったからお招きしたの」 長谷、ほんと遠慮なく人のプライベート容赦なく暴いて入り込んでくるな。素がコレでしかも人を嫌な気持ちにさせにくい人間が刑事だったら結構恐ろしいんじゃないか? よかったよ今までのキャリアが離島のお巡りさんとか機動隊とか事務方とかバラバラな方向性が見えないキャリアで。いくら今が刑事課の鑑識係とはいえ、今からノンキャリアの人間が刑事にはならないだろうし。本人検視官なりたいだろうし。 「ねえ、それより今日ニュースか新聞見た?」 「いや、見てないよ。朝からずっと仕事してたし、さっきやっと帰ってきてから携帯見たもん」 そう答えると、いくつかニュースサイトや動画のリンクが送られてきた。 開いてみるとそれは、直人さんの葬儀の記事だった。安置されていた直人さんの生気の無くなった顔が脳裏に蘇り、涙が出そうになった。 読むと、遺体はERで警察立ち会いのもと検められたのち、取り調べを終えた由美子さんが医大に引き取りに見えてその日のうちに荼毘に付されたこと、遺骨を自宅に持ち帰るも直人さんには決まった信仰がなかったため由美子さんが喪主となり自宅で密葬したこと、故に戒名もなく、神格化を防ぐため或いは荒らされて霊園にご迷惑かけないためにも墓は建てないことが書いてあった。 そして、ふみの父親である小角昭文が出所し、この日正式に直人さんに代わり組のトップに立ったことと、息子である文鷹が出頭し取り調べに応じていること、実質ナンバー2となったとみられることが書かれていた。 ふみ、よかった、無事だったんだ。人のことめちゃくちゃに殴っていいように犯して姿眩ませて、正直あのまま死ぬ気なんじゃないかと思った。抑えきれなくなって涙が画面に滴り落ちる。 そして、記事に添えられた写真では、礼服を着て遺骨を持っている由美子さんに揃いの礼服のユカちゃんが付き添っていた。 由美子さんの表情と直人さんのお骨が人目に晒されぬよう、黒い傘を差して。

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