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【2020/05 葬列】⑩
《第4週 金曜日 夜》
その夜、勤務を終えてから連絡を入れて多摩にある先生のお母さんが入っているサービス付き高齢者住宅を訪れた。建物自体はエントランス入ってすぐに介護士さんの居る詰所があることと、バリアフリー設計であること以外普通のマンションと変わらない。
「はい、お疲れ様、こんばんは」
「度々すみません、お邪魔します」
促されてキッチンで手を洗って消毒してから、ダイニングテーブルの席につく。
「長谷くんのところはどう?感染者出てない?」
「おれの仕事だとマスク着用元々推奨なんで今のところは」
先生のお母さんはここで普通に自分で身の回りのことをしながら暮らし、週に何度かは現役の医師として働き、また医療法人の役員としての肩書を持っている。まだそこまで感染規模は拡大していないが、仕事柄感染症対策とそのための物品の供給不足で悩ましい状況だという。
「今日はあのあとわたしも仕事だったから何も用意してないの、長谷くん何がいい?」
タブレットでデリバリーサービスのウェブサイトを開いてこちらに向けると、一旦席を立ってキッチンに向かい、前に来たときもあった飲み物のセルフサービスセットを運んできた。
「一人だと割高だし、あんまこういうの使ったことないんですよね…」
いろいろな店舗のメニューを見て迷っていると、やはり一人だと余り頼まないものが食べたいということでピザにしたいと仰ったので注文はお任せして、おれはお茶を淹れた。
オーダーが完了し配達状況の画面になったのを確認すると「よし」と言ってまた一旦席を立って、部屋の横の仕切りを開けた。その向こうはどうやら寝室らしい。
そこから通勤用と思われるレザーのトートバッグを持って来ると、中からデコレーションされた交通icカードを取り出して差し出して「はい、これがお部屋の鍵。もし開かなかったら蓋開けて西暦で玲さん…アキくんでいいか、アキくんの誕生日入力すれば開くから」と言った。
「ありがとうございます…そっかそんなでしたっけ…」
行った時意識して見てなかったから記憶が曖昧だ。失くさないようすぐに自分の鞄から財布を出してその中のカードホルダーに差して仕舞い、ティーバッグで淹れたお茶を啜った。
お母さんはおれをじっと見て、カップを置くのを待ってから切り出した。
「ところで長谷くん、同棲って言ってたけど、アキくんはちゃんと付き合おうって言ったの?」
おれはその言葉にハッとして、体が固まった。
そういえばおれの「此処に住みたいな~」に「住めば?」とは言ったし、セックスしたし、先生は最中好き好き言ってくれたけど、具体的にそういうことって言ったっけ?
「…言ってないかもです…寧ろ体目当てのくせに~って誂われました…」
「やっぱり体の関係が先かぁ…言質とったほうがいいと思うなぁ…そろそろちゃんとお付き合いするってどういうことかアキくんは知ってもらわないと」
溜息雑りに言いながら、電気ポットのお湯をカップに注ぎ、レディグレイのティーバッグを落とした。華やかないい香りが漂い始める。
「長谷くんは、アキくんの前に、これまで誰かとお付き合いしたことある?」
先生は、先生自身がどう思ってるかはわからないし、お母さんの言う「ちゃんと」じゃないけど少なくともそれなりにいろいろ付き合ってきてるとは思う。でも、おれは無い。
「…ないです、…お恥ずかしい話ですけど、その、昼間話してた部活のコーチに、おれ、」
どうしよう、話していいんだろうか。おれは先生にもこのことはまだ話していない。
「それは、ストーキングされているかもしれないって言ってた原因?」
おれは頷いて、在学中に起きたことと、ジムで声掛けされた当初は気が就いてなかったけど先日改めて声をかけられたときにコーチだった佐藤さんその人だと気づいたことを話した。
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