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【2020/05 葬列】⑪
話している間、無意識に体が震え、指先が冷たくなるのを感じた。でも、話し始めたら止まらなかった。
あんな事があったけど、そもそも同性に体を要求されたのはそれが初めてじゃない。怖かったけど断ったら自分の居場所がなくなる気がして拒めなかっただけで、おれは正直、自分がそもそもゲイなのかどうかすらわからない。
「初めてじゃないって、そんな、誰がそんな事を」
おれは、親にすら話したことのないことを初めて口にした。
「母の、入っている教団の、儀式のとき」
始めは割礼される前、次が水の中で行われる「浄化する」儀式のあとで、次が穢れから身を守るための衣装に袖を通す儀式、次が祈るための言葉を身につける儀式、次が信徒同士の結婚を前提とした純潔を守る宣言をする儀式。その他礼拝に通い面談を受ける中で何度も。
学校や地域活動で異教徒の子や異性の友達と関わることすらいい顔をされず、競技のため人前に肌を晒すことすら叱られ、自慰行為を見つかったときはヒステリックにひどく罵られ、教団に連れて行かれそこでも叱られ、その延長で犯された。
そのとき「じゃああの純潔を誓わせる儀式は何だったんだ」と思い、おれはそれ以降一切母の言うことには従わなくなり、忙しいながらもおれが競技に打ち込むことを支援して応援くれる父にしか物事を報告相談しなくなった。家庭内で孤立した母はますますカルトにのめり込んだ。
しかしそもそも、それ以前から父と母の関係自体破綻していた。
母親がカルトに入ったのは留学生としてこの国に来る以前で、このことでは母は実家と縁が切れていた。教団の存在を隠して宣教のため開かれていた英会話教室で講師をしていた母と出会った父には交際中教団の存在やその事を知らなかった。
母は成人後自ら入信したため純潔教育は受けておらず、信徒同士の結婚も強制されていなかったためすべて隠していた。父との関係を深め結婚に持ち込んだのち、おれを懐妊してからそれを明かし父に改宗を迫った。
当然だが父は激怒し拒否したが、激務であることから母親に親権を取られる可能性が高いと見越し、また、自らのように親の離婚でおれに不憫な思いをさせないために婚姻関係は解消しなかった。形だけの夫婦だった。
そういう状況だったからこそ、おれは家から逃れたくて競技に力を入れるようになって、寮付きの学校に進学した。
しかし、その結果があれだ。
「そのこと、アキくんは知ってるの?」
「知らないです、言ってないですから。それどころか、自分の親にも言ったことないです。言えなくて…」
苦しくて喉の奥でなにかが詰まっているかのように苦しい、息が詰まる。必死に息を吸おうとして呼吸が荒くなり、どんどん却って苦しくなっていく。
先生のお母さんは優しくゆっくり話しかけた。
「話してくれてありがとう。ゆっくり大きく長く息を吐いて、吸うの短くしてみて。手を出して、わたしの手を握って」
言われた通り、先生のお母さんの左手を覆うように右手で握り、意識して呼吸を整えた。その自分の手に涙の雫が落ちてくる。自分の目からとめどなく涙が溢れていた。
「大丈夫、もうあなたにそんなひどいことする人は居ない、わたしは、アキくんにもあなたを悲しませることはさせないから」
おれの手の甲を撫でる右の手の爪が綺麗に短く整えられ、淡いグレージュに塗られていて、その中に銀色のラメが煌めいているのが見えた。
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