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【2020/05 葬列】⑫
先生のお母さんが宥めてくれても止まらなくて、いろんな事を話した。
そもそも疚しいと思っていないなら堂々とすればいいのに母は信仰を隠したがり、引きこもって家と教団との往復で、父が忙しかったこともあり家族で一度も旅行や遠出に出たことがなかったこと。
教団側もその存在を隠して何らかの習い事を装って騙すようにして人を入信させていたこと。それに母が加担していたこと。それを利用して父を陥れようとしたこと。
年収の10%の寄付どころか、限界まで母は生活費を削って教団に貢いでいて家で食べられるものは安価で高カロリーなものが多く給食が本当に楽しみだったこと。
口にしてはならないものがいくつもあったこと。他所の家でご好意でいただいたものを帰り道捨てるしかなかったこと。
競技で肌を晒すことは勿論だけど、勝ち負けの賭かること、つまり競技やゲームといったもの自体が禁じられていて、外でそういう物に夢中になるおれを母親はひどく詰っていたこと。
バスケのクラブに所属できたのも私立に進学できたのは、父が母に明細を見せず一定の現金だけ渡して貯蓄や保険に回していたお陰だったこと。
肌身離さず身に着けていなければいけないものがあることや、体格が良いのに食べ物を残すことも誂われたりしても、その理由が言えず色んな場面で気まずい嫌な思いをしたこと。
地域社会や義務教育を受ける中で、競技生活の中で、誰とも深く話せず、先輩後輩やクラスメイト、チームメイト以上に親しくなれなかったこと。
もし大きな怪我や病気になっても受けてはいけない処置がいくつかあったこと、そのため「もし何かあったら自分は助からない」という死の恐怖があったこと。
おれの意思なんて関係なく「お前は同じ教団の子と番い、子供を設けて教団に遣えるのだ」と儀式の度に見合いのようなことをさせられたこと。
同性愛や自慰行為を神の意志に背く行為として日頃から忌み嫌い、異教徒と交際するな、純潔を守れと繰り返し言い聞かされていたこと。
人から好意を寄せられても無碍にせざるを得ず、何度も良心が傷ついたこと。誰かに好かれても、何かを頑張っても自分から何かを選び取ることは出来ないという無力感が募っていたこと。
誰かを好きになるという気持ちがわからないまま、教団で、あるときは犯され、あるときは強制的に挿入させられとしているうちに行為に対する心理的ハードルが下がっていったこと。
気がついたら同性にしか性的欲求を抱けなくなっていて、その欲求と誰かに甘えたい気持ちやときめきや好意とかの区別がつかなくなっていたこと。
おれが泣きながら話す内容を、先生のお母さんはいたわる言葉や相槌をいれながら慎重に聴いてくれた。
一頻り話して、おれの様子が落ち着いてきたところで丁度インターホンの呼び出しチャイムが鳴り、ピザのデリバリーが届いた事を知らせた。
エレベーターホールの施錠を解除して席を外し、玄関で受け取って先生のお母さんが戻ってくる。
「いっぱい話したらお腹すいたでしょう、今日は何のピザ頼んだと思う?」
「え、よくある3~4種類いっしょになったやつとかですか…」
蓋を開けると、トマトソースにダブルチーズ、ペパロニにマッシュルームオニオンピーマンというごくごくオーソドックスなピザだった。
更にそこに冷蔵庫から取り出した黒オリープと刻んだバジルを散らす。
そして、冷蔵庫からはビールも出てきた。ヒューガルデンホワイト、ベルギーのビールだ。
「アキくんと暮らしている時、よくハルくんうちに戻ってきては泣いてたなぁ…これ、ハルくんが好きなやつなんだけど、よかったらどうぞ」
ああ、そうだ。そういえば、この人が先生のことも、大石先生のことも、途中からとはいえ育てたんだ。
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