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【2020/05 葬列】⑬
先生のお母さんは優しくて穏やかで、話し方はさっぱりしているけど不思議な安心感がある。そういうところは血が繋がっていなくても、先生や大石先生に着実に受け継がれているように感じる。
少し黄色みの入った水色のきれいなお皿にピザを取り分けて、フルートグラスにビールを注いで供して、おれのほうに自分のグラスを傾けて差し出した。受け取って縁を軽く当てると呼び鈴のような高い音が響く。
濁りのある淡い黄色の液体を口に含むと、スパイスの香りが鼻を抜け、果物のような酸味を感じる。苦味は少なく飲みやすいが好みが分かれるかもしれない。でも単体で味わえる嗜好性がある。個性のあるお酒もいいなと思った。
ピザを畳んで口に運ぶ先生のお母さんの顔は本当に嬉しそうで、おいしいと喜ぶ顔は可愛らしい。おれも同じように皿の上のピザを折り畳んで口に運んだ。具材の塩気とかトマトの風味とビールがよく合う。
「仕事帰り大学近くで遭遇したり、お食事ご馳走していただいたりしたことがあって、その時びっくりしたんですけど、大石先生っていつからあんな飲むようになったんですか」
「いつでしょうねえ。まあ、外科系の男所帯とか、体育会系ノリのところにずっと居たから飲まされる機会は多かったんでしょうけど。でもそれ以前に、ハルくんも寂しい人だから」
寂しい、か。
確かに、大石先生も実の親と一切面識のないままもらわれて、その家で養育放棄されて先生の家に来たという経緯があって、その上で一時は同棲までしていたのに藤川先生に出ていかれたわけで、寂しくないわけがない。
しかもよく考えると、そうなった経緯はバラバラだけど、おれも、藤川先生も、大石先生も、実の家族とのつながりが途絶えている。
「おれの家は結局、おれが同性愛行為に及んでいたことで母親が出ていって、父も荒れてしまって体壊して亡くなったんで、藤川先生や大石先生とは状況が違うんですが、もう実の家族とは縁が切れています。お二人とは何か、烏滸がましいですが、縁のようなものを感じています」
「実際そうなのかも。長谷くんの寂しさとか虚しさみたいなのも、本当はわたしよりアキくんとハルくんのほうがきっと実感を持ってわかって共感してくれるんじゃないかなとは思うの」
そこで先生のお母さんは、かなり昔から事業をしている家で生まれたものの当時経営していたお父上は世襲を考えておらず、一人娘ではあったにもかかわらず希望する進路をすべて尊重してくれて、開業にも協力してくれたのだと話した。
「わたしはそうやって、割と蝶よ花よで甘やかして守られて育てられて来た人間だから、つらい思いをしている人、あの子達も含むけど、必ずしもわかるよとは言ってあげられない部分がある。だから、あの子達に出会ったことは、正直わたしにとって試練だった」
「試練…」
おれが呟くと「そりゃあそうよ」と笑った。
「アキくんも大変だったけど、ハルくんだってそう。ふたりとも急に連れて来られてあれよあれよという間にうちの子になっちゃったけど、それぞれに違う意味で大変だった。痛い思いをしないで二人の子供に恵まれたという意味ではラッキーなのかもしれないけど」
「…先生の、お父さんはお二人のことはなんて仰ってましたか」
まだおれは先生のお父さんに会っていない。どういう人だったのか、大石先生の話からは伺える部分が少なかった。
「あの人は本当に、アキくんの記憶がなくなった時に、引き取ると決めた時に覚悟を決めたんでしょうね。何があっても自身でわたしたちに助けを求めない限りは見守ることに徹しよう、いざというときは治療者としてあの子を守ろうと、仕事仲間としてわたしに言ったの。ハルくんを里子に迎えるときも」
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