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【2020/05 葬列】⑭
そういうとグラスの中の液体をスッと流し込み、空いたグラスに缶に残っていたビールを注ぎ、改めて顔を上げておれを見た。
「今度また別の日に来て、あなたをお父さんに会わせたいから。あと、これはまだアキくんには内緒にしておいてほしいんだけど、わたしから征谷さんの奥様にアポイントをとって、代わりに弔問に行ってきます」
「えっ」
驚いたおれに真剣な目で続けて言う。
「だって当たり前でしょう。どういう形とはいえ、お世話になったんですから。わたしは玲さんの親としてご挨拶しておきたいの。大丈夫、お香典とかは出しませんよ。会社を経営されている方だしアポイントとって、あくまでそちらで簡単にご挨拶するだけ」
「おひとりで、ですか?」
尋ねると無言で頷いて、ピザのピースを一つ取って自分のお皿に載せた。
「あと、その時にうちで収集してきた情報を全部出します。同じものを後で長谷くんにも渡します。これは警察に情報提供として出して構いません。玲さんが組織自体には関わりなかったこと、身の潔白の証明になるものだから」
そう言ってからまたそのピザを折り畳んで口に運び、ビールを一息に飲んだ。
「…てか、あの、結構お飲みになるんですね…」
おれが言うと笑って「うちはお父さんのほうが飲めないの。暫くハルくんも来てないしまだあるから、長谷くんもよかったら飲んで」と言いながら、おれの皿にも1ピースピザを載せてから席を立った。
ビールの缶をもう一つ冷蔵庫から出して開けながら戻ってきて、おれのグラスに向ける。グラスを手にとって傾けると白っぽい液体に泡が立ちグラデーションが出来ていく。
注ぎ終えるとそのまま自分のグラスにも手酌で注ごうとしたので、手を伸ばして缶を受け取ってお酌をした。
「長谷くんもやっぱり飲み会とかあったら結構飲まされたりするの?警察とか消防とか学校とか、すごいっていうじゃない。まあ病院もそうだけど」
「あぁ~…おれそういうの苦手なんで父が入院して亡くなってからは親が酒で死んでるからって断って、言って出たことないんです。ズルいやり方ですけど。あと、階級や役職上がってしまえば上になった者には強要できないですから、受けられる試験受けまくったのもそれで」
先生のお母さんは「柔和で人が良さそうだと思ってたのになかなか強かなのねえ」と感心した様子で言った。そう言われるとなんだか恐縮してしまう。
「それに、そういう場にいくと、女はいるのかとか言われたり、プライベートなこと探られたりするってのはわかってましたから。警察学校時代に既にそうでしたし。父が入院する前は離島でさえ」
おれは皿の上のピザを畳んで口に運び、咀嚼しながらビールを口に少し含んだ。「離島?」と訊かれ、飲み込んで答える。
「はい、初任科10ヶ月と、21ヶ月間の採用時教養を終えていきなり離島勤務だったんです。おれは行かなかったですけど、同期は二次会に女の子がいるお店に行こうと言われて行ったりもしてました。離島にもそういうお店ってちょっとはあって」
「なかなか面倒ねえ」
「ええ、まあ。正直父が体壊して入院してそれどころじゃなくなったことで助けられてたところはあります。やっぱそういうの逃げ回ってると言われるんですよね、お前本当はホモなんじゃないかとか。そんなことないですよとか誤魔化してましたけど」
手元に残っていたピザの淵の部分を口に入れ、また咀嚼しながらビールを口に少し含み、飲み込む。
「…でも、さっきも言ったとおりで、おれ、実際はわかんないんですよね。本当に。男とばっかしてたから男とするハードル低いだけ、体に刷り込まれてて男にも反射的に欲情するだけ、禁じられて遠ざけられてたから女の子に対するそういう感覚麻痺しちゃっただけかもしれないですし」
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