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【2020/05 居場所】①
《第4週 日曜日 午後》
ソファに腰を下ろすと、ゆかが先程頂いた菓子店の手提げから箱を取り出し、蓋を開けてそのまま持ってきた。中にはカットされたケーキが収まりよく6ピース並んでいる。
「直人さんにはメロンのケーキをお供えして。わたしはこのクリームの模様がきれいなの」
ここのケーキは定番の商品というのもあるけど、大半は季節で入れ替わる。御遣い物にわたしも買ったことがあるし、この店のティールームにも行ったことがある。この2種はおそらく季節商品だ。
「あ、確かそれバナナのキャラメリゼとシナモンが入ってるの。他にない感じだから買ってみちゃった」
座面が広く背凭れまで柔らかいソファに埋もれて天井を仰いで、気持ちよさそうに息をつきながら客人は言った。ゆかが近づいて傍らに膝をつき「どれを召し上がられますか?」と訊くと「お任せでいいわ、此処のはどれもおいしいから」と微笑み、そのあとわたしに尋ねた。
「玲さん、こちらで失礼なことはしてなかったかしら」
「してなかったと言えば嘘になってしまいますね。本当に最初は大人しかったんですけど、徐々に地が出てきて。結構うちの人も振り回されてました」
思わず苦笑いしてしまう。そう、本当に最初は玲さんが暗くて無口であまり自分の意思を見せなかったけど、関係が長くなるにつれて素の自分を出すようになった。近年は連絡に応じなかったり仕事を言い訳に約束をすっぽかしたり。
それで一番困らされたのは文鷹だと思う。玲さんとの連絡役や送迎をさせられるわ、代わりを探しに行かされるわ、プレイには巻き込まれるわ、終わったあともおちょくられるわ、一方的にからかわれるわ煽られるわ。でも、ある意味懐いて甘えていたのだと思っていた。
(玲さんに直接訊いたことはないからわからないけど)
反面、女性にはある程度心理的に距離感をとっている感じがあって、直人さんや文鷹とは軽い口調で話していることもあったのに、わたしにも、うちで家事をしているゆかにも概ね敬語で接していたし、わたしたちは互いに踏み込んだ話をしたこともあまりなかったように思う。
わたしは玲さんのことは家の中の誰かを経由してしか知らない。玲さんもわたしのことは直人さんや文鷹から聞いた範囲しか知らないのではないかと思う。なので、訊きたいことはたくさんあった。
何故わざわざ危険を顧みず此処まで来たのか。
いつから玲さんと直人さんの関係を知っていたのか。
知っていて、なぜ親として止めなかったのか。
会ったら何からどう話をつなげて訊いたらいいだろうと、ずっと訪問が決まってから考えていた。あの玲さんを育てた人がどういう人なのかと思いながら待っていたのだ。
そして会ってみたらそれだけでその疑問の答えが見えた気がした。飄々としてやけに余裕がある。
「ふふ、玲さん…アキくんは基本、人を蠱惑して利用して、振り回すのが好きなの。わたしが知る限りずっとそう」
初めて訪ねる家、それも、仮にも反社会組織を握っていた人間、自分の子供を性的に食い物にしていた相手の家で、自然に既知の知人かのように振る舞い、ソファに沈み手足を投げ出したままその妻である自分に顔をこちらに向けて微笑みかけてくるなんてどう考えても「肝が据わっている」の一言で済まされるものではない。
其の振る舞いが態とそう見せているのか素なのかはわからない。わたしはずっと迎え入れる前からソワソワしていたが、今は得体の知れなさにゾクゾクもしている。
「ずっと、って…子供の頃から?」
問いかけると体を起こし、グレイヘアを揺らして首を左右に振った。
「記録からはそういう兆候は読み取れなかったから、多分違うの。あくまでもあれは、後天的に身につけた部分」
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