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【2020/05 居場所】②
そこからの説明で、初めてわたしは玲さんの生い立ちを知った。
あまり深く関わらず、又聞きでしか玲さんを知らないわたしの中には「なんとなく暗く大人しいと思っていたら、人を惑わせ振り回す子」という印象しかなかったので、少なからずショックだった。そして、話していく中で「わたしたちは治療者以上になれなかった」「わたしたちの家は玲さんの居場所にはなり得なかった」と吐露したことにも衝撃を受けた。
玲さんは、生まれ育った家庭の中でも迎えられた新しい家でも、自分の存在に拠って言語化されない緊張が生じている環境でずっと所在ない落ち着かない気持ちのまま過ごしていたことになる。ずっと孤独だったのだ。
やがて他の人間を引き込んで自分の代わりに置き、自分は独り離れて暮らすことを選んだ。それ自体かなり無理をしてのことであることも、逸脱行動が悪化することも想定内だったという。故に、家を離れてからずっと監視をつけていて、直人さんと契約する前の段階から全て知っていたと。
夜の盛り場を渡り歩いていたことも、学校内外問わず幾人もの男と関係を持っていたことも、危険な目に遭いそれを記録したものが流れてしまったこともすべて知っていた。
「想定内だったとはいえ、何故止めなかったんですか」
「端から見たら止めなかったといえば、そうでしょうね」
しかし、記録物の回収にあたって裏に手を回したその段階で直人さんに行き当たった。直人さんは玲さんと契約し、ある種の信頼関係を築き上げていた。記録物のマスターも直人さんが握って、流出先を根気よく潰しにかかっていた。止める理由はそこでなくなったのだという。
「学校に行けば自分の学びたいことに打ち込めて、そこを離れれば甘えられる先輩がいて、直人さんとの関係の中で自罰感情が満たされる。生家に居た頃やわたしたちと居たときのような緊張も、独りで暮らす中には生じない。その時点ではそれがベストプラクティスだったの」
だからって、自分の子がヤクザ者と付き合っていて、爛れた関係にあることを知っていて、咎めないことがなんとなく理解できない。わたしには実の子はいないが、仮にゆかがホストにでも入れあげたりしたら冷静さを失うと思う。
そもそも、文鷹が直人さんの代わりに親が収監された関係でうちに住むようになってからは極力親代わりになろうとしたし、真っ当な道に進んでほしくて学校にも行かせたし、卒業後自分の会社で仕事だってさせていた。それを辞めて直人さんの下に付くと言い出した時にだって随分言い合いになったのだ。
「でも、アキくんには、自分で居場所を見つける必要があったの」
「それは、見つかったんですか」
思わず、間を置かず食い気味に言い返してしまった。
でも、彼女は構わず「見つかるんじゃないかな」と答え、嫣然と微笑んだ。
玲さんの母親が殺された後、部屋に残されていた玲さんを救助した警官のご子息が現在玲さんに懐いているという。
「アキくんは年上の人とか思うままに甘えられる存在を求めてきたけれど、本当に必要なのは自分を求めて甘えてくる存在なんじゃないかなと思ってて…学校でも周りの意見に従ったり、誰かのために見返りを求めず働くことを選んでいくほどに物事がいいように進んでる気がするし、自分から追い求めたり自分で選び取るより、ある程度流されてるほうがいいんじゃないかなって」
玲さんの心は、底のないコップのようなものだと言った。
そこに取り分けたケーキとティーセットを載せたトレイを持ってゆかが戻ってきた。膝を付き、わたしたちそれぞれの前にケーキの皿を置き、ティーコジーをかぶせたティーポットと、カップとソーサー、ミルクピッチャーと個包装のグラニュー糖を並べる。
並べ終えると顔を上げて、客人の方を見た。
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