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【2020/05 居場所】③

「玲さんに必要なのは、本当は、愛せるもの、ってことですか」 底のないコップという例えをそのまま解釈するとしたら、もし接地していても強力な吸引力がない限りは漏れ続けるし、持ち上げてしまえばすべてこぼれてしまう。持ち上げられた状態で注ぎ続けても決して満ちることはない。 だとすれば玲さんの望む通りにして甘やかしてくれる存在は器を持ち上げる存在で、玲さんを求めて甘える存在は協力に接地させる重しとか吸い付ける存在というふうに捉えることもできる。 「もしかしたら、そうかもね。本当に癒やされて立ち直るためには、自分の力だけじゃだめな場合もあって、めぐり合わせってあるんじゃないかと思ってる」 その返しを聞いてから、ゆかがわたしを見る。 「奥様は、今後玲さんの扱いはどうされるおつもりでしたか」 ティーコジーを外してお茶が注がれ、そのカップをソーサーとともに持ち上げた。ウェッジウッドのアレクサンドラのペールブルーのストライプにお茶の紅い色が映えて美しい。 どうって、直人さんが亡くなったから契約は終わりだし、もう関わらないほうがいいに決まっている。 どう考えても、通常の感覚なら学生時代のやらかしをヤクザが囲って握りつぶしてくれてたのを、それでよかったということにはならないし、囲っていたヤクザが死んだからといって、親が態々手を合わせに来るなんでおかしいのだ。 「契約は無くなったとはいえ、このままじゃ仕事にも支障が出るでしょう。今後一切うちとは何の関わりもないってことは玲さんの所属の上の人に伝えに行く必要はあるでしょうね」 「では、お調べしてアポイント取るということでよろしいですか」 「そうして。玲さんが居ない間に済ませておかないとだから」 ゆかに命じると直ぐに立ち上がって自室に向かった。改めて二人きりになったところで話し合う。 「これまで関係を知ってて尚ノータッチだったのに、今此処までいらしたのは何故なんでしょう。正直、失礼を承知で率直に言うと、あなたの行いは正常ではないと思う、親として」 「玲さんが東京離れている今じゃないと、お話できないからが第一の理由。わたしが親として正常じゃないのはそのとおりだと思うし、何故こんな悠長にしているのかと思うのも当たり前だと思う。でもね」 「でも、何?」 「わたし、玲さんのこと以外でも、あなたに用事があったの」 用事?少なくとも、今までわたしはこの人と個人的に面識なんてなかったし、心当たりはない。 わたしが怪訝な顔をしていると、バッグから紺色の革の名刺入れを取り出して、そこから一枚名刺を出して名刺入れに添えるようにして差し出した。 そこには「医療法人・社会福祉法人 藤桜会」と書かれ、その下に「理事長 藤川さくら」と書かれている。 「かなり昔のことにはなってしまうんだけど、この藤桜会という名前には心当たりないかしら」 「…ごめんなさい、わからないわ。玲さんも少し特殊ではあるけど医師だけど、藤川さんのおうちは代々お医者様の家系なの?」 わたしも、家族も特に持病があってかかりつけている病院はないし、時々お世話になっているところも特にこのような医療法人の名前を冠したところではない。 何かうちの所属の子が仕事で関わったことがあったのだろうか等、色々考えていると、小さな声で「あのね」と言うのが聞こえた。 「わたしの父は、カタギではなかったの」 「…えっ?」 思わず上ずった声が出た。 「安斎さん…あなたのお父様の下についてた組織の人間で、一応肩書も頂いて本部にも出入りしていたから、お嬢さんがいることは聞いていて、ずっと会ってみたかったの。なかなか”元・ヤクザの幹部の娘”って立場同士で知り合う機会なんてないし」

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