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【2020/05 居場所】④

呆然としているわたしに微笑みかけながら、話を続ける。 「うちの父はわたしの進路に差し支えないよう早めに引退して起業したんだけど、その後も信頼してた部下の人に引き継いで組自体はしばらくは存続していたの。でも、結局内紛があってご迷惑をおかけした末に潰れてしまったみたいでいっそ畳んでしまえばよかったって言ってた」 「そう…お父さんに、どこかの傘下の組で子供が医学部に行くから無事医者にするために足を洗った人がいるってそういえば高校受験前くらいのとき聞いたことがあったけど、あなたのとこだったの…その話を出して、お前も暴力団との関係が明らかになると良くない仕事目指したい場合は早く言いなさいって言われたわ」 わたしたちの父親は生まれや時代が違ったらあんな理不尽な商売しなかったでしょうね、とわたしたちは顔を見合わせて笑った。 「直人さんもそう、国を逃れて来なければいけない事情がなければこうはならなかったでしょうね。さっき仰ってたけど、めぐり合わせってやっぱりあると思います」 思いの外、わたしたちは話すほどに共通する部分があった。 父の遺した資産を元手に起業して一代である程度大きな規模に発展させてきたこと、配偶者とは仕事のパートナーとしての関係性が強いものであったこと、実子は設けなかったものの他所の子の親代わりをしてきたこと等。 「なんで父親同士関わりがあって、こんなに共通項が多くて、歳も比較的近いのに今まで知り合う機会がなかったのかしら」 「それこそめぐり合わせってやつなのかもよ?」 程よい温度になったお茶で口を潤して、ケーキを口にする。キャラメリゼしたバナナの甘さとクリームに混ぜられたシナモンの風味が思ったより合っている。 「おいしい、わたしシナモン効いてるお菓子結構好きなの」 「よかった、アップルパイとかも好き?迷ったのよ此処のを買うか、別のとこでアップルパイをホールで買うか」 のんびり楽しんでいると、ゆかが戻ってきてわたしの傍らに膝をつく。玲さんの上席にあたる緒方教授とアポイントが取れたとのことだった。 あと、災害が起きたところに玲さんが支援に行っていること、戻ってくる前に早めにお会いしたい、都合を合わせるので日時の希望があれば改めて教えてほしいと仰っていたとのことだった。 「都心の先生が地方まで呼ばれることってあるの?」 「前に災害現場で検死活動したことない若い人たちの指導してるとか言ってたし、一応元は心理学者でもあるし途中までは精神科医として研修まで進んでたから現地でご遺族や救助活動にあたった人たちや避難民の方たちのケアにもあたってると前に言ってたし、色んな意味でから需要があるんでしょうね。今までも被災地支援とか呼ばれてるけどだいたい半月くらい、長ければひと月くらい行ってたから日程的には余裕はあるかな。あの地域は法医学教室がある医学部まあまああるし災害慣れしてるからそのくらいにもなれば後は現地で対応すると思うの」 カウンセラー的業務はともかく、法医学者の実務というのがどういうものなのかは、縁がないので全くイメージが掴めない。 でも、今回直人さんが亡くなったことで初めてERの先生から死亡証明書や検死時の検査資料を提示して詳しく死亡時の状況について説明を受けたときに、ああ、玲さんも不慮の死についてこうやって詳しく調べる仕事をしてるんだなと思った。 これまで家族や親族が亡くなって看取りをしたときでさえ、こんなに詳しく説明してもらったことはなかった。通常の病死や老衰とは異なるから当たり前かもしれないけど。 あのようなことを災害の現場で一斉に何体も診るとなると、心身とも負担も大きいはずだ。

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