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【2020/05 凱旋】②
「…南…なんで電話くれなかったの…」
思わず一言目が恨み節になる。でも南は何も悪くない、わかってる。
「えぇ~?だって先生、見てましたよぉニュース。被害思ったよりでかいじゃないですか~、亡くなられた方が多くて。今現場大変だろうなって思ったんですよ」
そう、確かにそうなんだ。
普段何かしらの期日が迫ってるときみたいにしつこくLINEしてこなかったのは、現地が大変な状況で、おれが忙しいのを想定してのことだ。消耗してちゃんと見てないことを予測してメールで開封確認を設定して送っておくのが無難。週明けて朝イチで開封されなかったら直接電話するくらいのつもりだったんだと思う。
これまでにも何度かそういう事はあったし。寧ろ南はいつも先を考えてよくやってくれている。最悪おれが何も手を付けられなければ、南も共同研究者のひとりだし直接電話でおれに指示を仰いである程度代行で進めてくれるのだ。そんなおれの小僧みたいなことやってるのは完全に本人からしたら不本意なのに、有能なんだよな…。
いや、てか、おれは言わなきゃいけないことがあって…。
「あのさ、そうなんだけど、正直、現地の被害より大変なことがあって、おれ…」
「どうしたんですかぁ?現地で体が生命の危機を感じて本能が暴走しちゃって先生の好みの枯れ気味なイケオジの先生でも誘惑してワンナイトした挙げ句配偶者の方に訴えられちゃったんですか?」
おれを何だと思ってるんだ。こんな状況でそんな短期間に怒涛の展開にはならないよ。でも別な意味で怒涛な展開にはなってる…。
「それがさ…新村ボコっちゃったんだよね…」
2拍程度の間が開く。
「…なんで…?」
まあ、そうとしか言えないよな…。
「ごめん」
「えぇ~…なんか謝られても…何もなくやるような事ではないですよね、何があったんですか…」
おれは、新村がうちを辞めた事情から現場に入ってからの態度や事の顛末を話した。小林さんが寝てるからというのもあるが、それ以前のゴタゴタのことも含めかなりストレスが溜まっていたのもあり、正直自分でもどうかと思う口汚い言い方で愚痴を吐いた。それこそ昨年度末長谷のことを依頼されたときと同じくらい気が立っている物言いだったと思う。
「まあ、そんなこんなだよ…多分今度こそ、おれクビだわ…ちょっと面倒かけるけど諸手続きおれの代わりにしばらく進めておいて…メールで後で指示送るから…」
「ちょっと待って下さいよぉ、それ、緒方先生に言いました?」
おれが黙り込むと、南は「おれはいいんです、別に、先ず緒方先生には言いましょうよぉ…てか…見てないんですよね?まだ全部」と問いかけてきた。
確かに、まだ全部は見ていない。一日あたり約50件は来るので、此処数日で200件くらいは見れていないメールがあると思う。
「見るよ、見る。これから見るとこだよ」
「だったら早く見て、早く緒方先生に連絡とってください…多分先生、クビにはならないと思うんで…」
クビにはならない?何を根拠に?
「わかった、じゃあ一旦切るから」
通話を切って、風呂場を出ると扉の前で小林さんがウトウト立ったまま寝そうになりながら立っていた。
「わあ!」
思わず飛び退いて扉にぶつかる。小林さんはそれに動じず「お手洗い行きたかったんですけど…なんか気を遣わせちゃってスミマセン…」と半目で呟く。
「いや、起こしちゃったでしょ?こっちこそごめん、入っていいよ」
謝って、メールの確認に戻ろうとしたら背後から「あの、」と呼び止めるのが聞こえた。
「このたびは、おめでとうございます…」
さっきからクビにはならないとかおめでとうございますとか、いったい何なんだ…。
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