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【2020/05 凱旋】③
「あ、うん、ありがと…」
扉が閉じる前に振り返って、テーブルに戻って端末を起動し、テーブルの上の照明を点ける。着席してメールクライアントを起動するとスマートフォンと同じアカウントに連携されているので全く同様に表示される。
メールの一覧からさっき南から来ていたアクセプト通知の転送メールを開き、そこから更に遡って内容を確認していく。
すると、心理学会の優秀論文賞の一次審査通過通知、国際賞の二次審査通過通知が来ている。そしてそれについて東大時代の恩師や繋がりがある学者からもメールが来ている。
ついでに発砲事件のアレについてもなんか探りを入れるようなこと書いてきてる人もいる、うわ、うざ、めんどくさ…。いるよなあ、祝うに見せかけて乗じてそういう詮索してくるヤツ。
あとは国際心理学会からの表彰と講演依頼…。いや、もう、そういうのはもっと早く言ってよ…こっちで何が起きてるかなんてそりゃ向こうさんは知ったこっちゃないからしょうがないけど。
どうすんのこれ、勿論行きたいけど、行けるかな…。しかも今回、会場チェコってさ…遠いよ、直行便ないんじゃない?
ちなみに、この依頼は「法医学的心理学」のほうでの依頼だ。
これは司法における心理学的証拠の収集、分析、提示に関する応用心理学にあたる分野で、心理的な問題に向き合うというよりも専門知識に基づいて証言し裁判官や弁護士と適切に対話するためのものである。勿論当事者の心理的な問題を分析し、感情的・精神的健康を管理し、法曹関係者に安全に関する適切な勧告を与えることも含まれる。
尚、本邦において証人に年齢制限はない(刑事訴訟法143条にて規定あり)が、但し証言能力とは「証人が体験した事実を認識・記憶・表現する力」とされている。
おれは、自分の「聴取に応じた際は問題なかったものの、その後全生活史健忘に陥ったことにより法廷での証言が困難となった」経験を基にその科学的発生機序の解明、刑事事件における聴取や証言における心理的負担の軽減と専門職による支援の重要性の周知、その科学的根拠の究明について取り組んできた。
今回はこの内容についての表彰、そして講演の依頼だ。勿論、心理学会の優秀論文賞と国際賞の件もこれに関する話だ。もっというと先に挙げた共同研究もそれの延長にあるもので、栄養管理や投薬でPTSDを長引かせないようにして安全に聴取などに対応できるようにするための研究だ。
実は、東大の院に居たときも、前期研修後に院進して精神神経系の講座で研修をしていたときも、これがおれのメインの研究で、基本やっていることはずっと同じだったりする。
しかし、当時はおれのメンタルの状態も最悪、有形無形の自傷各種で満身創痍で体調も最悪で、…それは自分でそうなるべくしていたともいえるんだけども、東大の院で言われたときと同じく精神神経系分野でも「これ以上自分の内面にばかり向き合ってたら死ぬ」とお咎めに遭ってストップしてしまった。
そのときおれの研究内容を知って法医学分野に入れてくれて、イチから解剖や検死の実務を改めて指導してくれたのが見立先生という今は名誉教授のおじいちゃん先生で、引き継いでおれが研究を続けられるよう補佐しながら仕事教えてくれたのがその弟子の緒方先生、そこに加わって手伝ってくれているのが臨床認知科学で「美の基準の創出」を研究して院まで行ってた経歴がある南だ。
心理学でもなく精神医学でもなく法医学分野に来てようやくある程度の安定を手にしたけど、こんなところに辿り着くことになるとは自分でも思っていなかった。そして異状死の鑑別でも頼られるようになって都や病院から色々頼まれるようになったり、いろいろ融通利かせてもらえる立場になるなんてことも、思ってもいなかった。
勿論、それはそれで全部有り難いし嬉しいんだけど、研究は自分が自分のために突き詰めたくてやってたことなので、今回認められたのは本当に嬉しい。嬉しいけど、なんで何もかもこのタイミングなの?というのが現時点の本音だ。
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