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【2020/05 凱旋】④

先ずは頭の中で自分の感情とか動揺に振り回されている場合じゃないので、やらなければいけないことをとにかく一旦全部書き出す。あっという間に画面に表示したテキストメモの中が文字で埋まっていく。書き出したものを優先順に並べ替えて、指差し確認する。 自筆でないと効力を発揮できないもの以外は普段手書きすることは殆ど無い。そもそも手書きでは頭で考えている速度に手の動きが追いつかないからだ。他の人間が見ることを想定しない、自分が読めればいい程度のメモだと特に文字がひどく乱雑になるので機器が普及した現代はとても有難い。 此処で一旦、小林さんが戻ってきた。 「お風呂使っていいですか、さすがに一日防護服のまま動き回った後シャワー浴びないのは…どうかと思う匂いがする気がします」 「あ~、そりゃそうだよ。いいよさっきおれ入っちゃったから入って」 そう言って振り返ると、小林さんは半裸のままなおれを気にする様子もなく自分の荷物を広げてあれこれ出して準備している。かと思ったら「なんか着ないと風邪ひきますよ?今だと面倒で、只の風邪だとわかってても検査で鼻抉られたり唾出せって言われますよ?」と言われた。 不在中に整えてあったベッドの上には新しい部屋着があったので、とりあえず腰にタオルを巻いたままその上から着る。 「うん、てか、それよかさ、おれ暴行とか傷害で逮捕されたらどうしよ。なんか今になって積み上げてきたことがやっと成果になりそうなのにさ」 「もしそうなった場合は、わたし含め、今日居た先生方が証言なり擁護してくれるはずですよ。てか、藤川くんがわーわーやってる間にCCDとかマイク仕掛けてたのも誰なのかわかって、その内容も押収されました。そこに全部新村くんとの遣り取りも残ってたので、データ複製して共有してもらってます」 え、やけに小林さんが落ち着いてて、おれにその時のことで言及しないのってそういうこと? 「それで、仕掛けたのって誰だったの?」 「多分当事者になったとこ以外は、早ければもう報道してると思います。ちょっとどっかニュース開いてみてください」 小林さんは着替えなどを手にしたまま背後から一緒に画面を見て、ニュースサイトのある項目を指差した。 「これですね」 そこには建造物侵入で在京テレビ局の報道の人間を逮捕したとあった。そりゃそうだ、場所柄警察関係者が出入りしているし侵入関係は緊急逮捕が認められている。速報欲しさにこんなとこでやるのは前に避難所で盗撮やらかしたあそこかな、というのは目星がつく。想像に難くない。 今回は災害支援の現場、警察や医師が出入りし複数の人間で監督している場所での事件だから示談になることは決してない。原則として逮捕後72時間は面会不可なのでそれ以降に関係者に身柄を引き取らせ、後日略式起訴で罰金を支払うことになるだろう。 「なんだ…それでみんなおれのことはスルーだったの?」 「そういう感じです。まだ仕事もたくさんありましたし。無礼な若造が先輩にセクハラしてボコボコにやり返されたことより、許可してない人間が出入りして盗撮盗聴していたことのほうが問題ですから」 そう言うと小林さんは風呂場に向かい、便座の蓋の上や洗面台に用意したものを置いて「お手洗いの利用、大丈夫ですか?」と改めて訊いた。おれが「大丈夫だよ、どうぞごゆっくり」と言うとそっと扉を閉じた。 おれは少し気が軽くなって落ち着きを取り戻せた。 遅い時間だが南にも言われたし一旦ダメ元で緒方先生に電話を架けることにする。呼び出し音が数回鳴って、明らかに寝てたであろう低い掠れた声で緒方先生が出た。 「おう、おつかれさん…通知見た?おめでと、いろいろ」

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