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【2020/05 前へ】⑤

 それ以前の問題がある。  おれは実の母親の顔がトラウマになっていて顔が認識できない、認識されるとパニック状態になる事態が長く続いていた。これは実の母親を殺し、おれを蹂躙したのが「実の母親そっくりの双子の姉」であったことが大きく関連している。おれの顔立ちも「男児の顔は母親似、但し成長に従って顎や歯列は男親に似る」の法則の通り、概ね母親に似ているので、おれは顔を変えている。  そして、同時に「女児の顔は父親似、但し成長に従って顎や歯列は女親に似る」の法則の通り、優明の顔はお直し前のおれの顔に概ね似ている。  でも、子供の頃会っていた頃は平気だった。こないだ優明の写真を見てみた時もなんとなく大丈夫だった。何故なのかはわからない。とはいえ、子供時代はそんなに似てなかったのかもしれないし、こないだのも髪型や装いの違いでたまたまかもしれない。実際に本人を目の前にしたときどうなるかはわからない。  「本当に、おれ行って大丈夫なのかな」  「本人が来て欲しがってるんだったらそろそろ腹括ったら?何かあれば南くんがフォローはしてくれるでしょ。いつもわたしたちがアキくんがやろうとすることに口出すとなんとかなるしなんとかするって言うのに、やっぱりあの事件の影響は根深いね」  それはそうだろう。一旦は全部事件自体の記憶も、それ以前の生活史も吹っ飛んだのに、未だ再現映像が夢の中やふと見た日常の風景から脳裏に蘇ってくるくらいだ。ずっとそれのせいで進学後からメンタルが安定しなくて食事を摂る気になれなくなってたし、頓服として出された薬を常用にしてしまっていたくらいだった。  年々マシになってきてはいたけど、今年度入ってからはバタバタしていたおかげか長谷が来た夜の一回きりで済んでいる。奇跡的ですらあるし、今がタイミングとしてはいいのかもしれない。7月はおそらく半分はチェコ滞在だし、年度内に挙式するなら早いほうがいいだろう。  「まあ、しかたないよそれは。南には迷惑かけるけど、まあ、行くだけ行くしかないよね。…ところで悪いんだけど、こないだのゼリーってもうない?」  急なフリに母が笑いだす。  「こないだっていつのこないだ?メロンゼリーはとっくにないわよ」  「なんでもいいよ、なんかおやつない?」  そう言うとティーバッグやコーヒーのドリップパックと一緒に湯沸かしポットや浄水ポットが置いてあるサイドワゴンの中段下段を覗き込んだり、席を立って戸棚や冷蔵庫を漁ったりして、迷った末戸棚から可愛らしくラッピングされたクッキーを出してきて、袋の中身を食卓の上に広げたグラシン紙の上に広げた。  「はい、お好きなのどうぞ。そうそう、これ斬新でおいしかったの。お母さんこの年で新しいお友達ができちゃったんだけど、そこでもらってきた手作りのアイスボックスクッキーなの。模様もかわいいでしょ。ハーブが入ってたりチーズが入ってたりして甘いだけじゃなくて、味わいが複雑ですごくよかったの」  「へぇ、友達?お母さんから友達の話なんて初めて聞いた。同窓会の話ですら聞いたことないのに」  香草のようなものが混じった生地を緑色の縁取りで囲んだクッキーを一つ摘む。これは多分ローズマリーとセージか何かのような気がする。噛んでいると香りが鼻を抜け、嚥下したあとも香りがふんわり残る。趣味が良いけど、なんかこのクッキー、知ってる気がする。そう思って2つめを摘もうとしたところで母が言った。  「安斎由美子さんってわかる?」 おれはクッキーの粉を思い切り吸って気道に直行させてしまい噎せた。 わかるも何も、直人さんの内縁の妻だ。  「あら、大丈夫?」 全然大丈夫じゃない。なんで友だちになってんの。どういう状況?いつそうなったの?おれがいない間に何が起きてたの?

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