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【2020/05 前へ】④

 これまで自分のこと探ってきた人間のことは基本突き放してスルーしてきたのに、本気で抗議したのも、その上で許したのも初めてだった。  (多分アレがなかったらこないだ新村にやり返すこともしなかったかもしれない)  そもそも自分の意思で近づいた訳じゃない相手とは深入りしないし、協力しようとか協力してもらおうと思ったこともなかったと思う。  勿論自分の生活圏に入れることもなければ、敢えて気を唆るようなこともしたこともない。  何故長谷に対してそうしたのかと言われれば、それなり年相応に経験ありそうなガタイも顔も良くて人の好い青年が、普通気づいても気遣ってスルーするようなことに明らかに動揺して急に幼い反応している様子が新鮮で、ちょっかいかけたらどうなるか試したかっただけだったと思う。  それが結局は自分の身辺の色々なことや関係にまで巻き込んでしまうことにまでなったから、もしかしたらその申し訳無さで助け舟を出したくなったのかもしれない。  分析しても他に思い当たる要素がない。  更に言うと、おれは自分の意思で近づいていった相手から嫌われて突き放された経験がない。  離れるときは原則自分からで、意図せず別れに至ったのは、実の父親、直人さん(と、ふみ)どちらも誰かの死が絡んで縁が切れた時だけだ。  だから、自分が、自分の意思で近づいていった相手から嫌われることなんて想像したことないし、そうなったとき自分がどういう気持ちになるのか、どういう反応になるのかもわからない。  多分だからなんとなく怖いのかもしれない。 「だっておれ、もし嫌われたらとか、見捨てられたらとか、考えたことな…いや、ないわけでもないのか…お父さんお母さんに見捨てられたらおれどうなるんだろうってのは思ってたし、お母さんには嫌われてるんだろうなってずっと思ってたし…」 「そんな事思ってたの?」  さっきとは違う意味で母が驚愕する。 「思ってたよ、こんなとんだロクデナシ引き取るんじゃなかったって後悔してるだろうなって。前に新宿でお茶した時言わなかったっけ?」 「そこまで言ってない言ってない!見捨てるわけないでしょう、警察や医療センターから託されて引き受けたんだし。結果的に二人も育てることになったから稼ぐのに必死だったんだからわたし」  手を前に出して首を一緒にぶんぶん横に振って否定する。  なんか、改めて考えてみると、おれって周りにめちゃくちゃ恵まれてんのかもしれない…そうじゃなかったら今頃どうなってたかわからない。消されて魚とか野生動物の餌になるか野垂れ死にして土壌の養分になるかしてたんじゃなかろうか。  なんだかんだ南もおれのこと「嫌いになれるわけない」って言ってたし、なんだかんだ小曽川夫妻はおれの仕送り優明のためにプールして使ってくれたみたいだったし、贈り物も拒否しないてちゃんと優明に渡……あ。 「そういえば、近いうち小曽川さんとこの優明さんが結婚するんだけど、顔合わせに出てほしいって言うから、行ってくる。あそこ両親とも亡くなってるからかもしれないけど、おれに来てほしいんだって」 「小曽川さんとこの優明さんって、自分の娘なのにそんな余所余所しい」  だって、それはしょうがないじゃないか。おれの裏バイトがバレて出禁なって…小学校上がるくらいからもう20年以上会ってないんだし。完全におれが悪いし、自業自得なんだけど。 「いや、でも実際、今更どんな顔して会えばいいんだか…憶えてんのかなおれのこと…こないだ南の休みの連絡で電話かけてくれてちょっとだけ話したけどそもそも南の仕事が自分の実親の補佐役だって知っててかけてたのかな…」  頭を抱えてるおれに気安く「会ったら訊いてみたらいいじゃない」と言って、母は冷えて結露したグラスを拭いている。  おれは自分の手元に置かれていたグラスを手にとって、冷えた水を一気に飲んで一息ついてから言葉を返す。 「訊けるんだったら、その時訊いてるよ…」

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