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【2020/05 前へ】③

 「ああ、此処来る前にお父さんと面会して軽く報告してきたんだけど嬉しそうだったよ」  そう言うと、母の動きが止まって硬い表情でじっとおれの顔を見る。  「大丈夫だよ、ちょっかい出したりしてないって」  やや暫く良くない雰囲気の間が空き、食卓の上で組んだ自分の手に目線を落とす。  「そういや、お父さんに長谷のこと伝えるの忘れてたな。今度お父さんにも紹介しないとね」  そう言うと母の表情が和らぐ。  「そういえば、あれからどうなの長谷くんとは」  「あぁ、昔の知り合いに付きまとわれてるって聞いたから、今うちに匿ってるけど…なんか…おれが思ってたより闇が深そうなんだよね」  おれは、長谷の両親の結婚の経緯、宗教活動に巻き込まれて受けたこと、高校入学後に起きたことを掻い摘んで話した。  その上で、もしかしたら長谷にとって自分との関係もエナクトメント、つまりネガティブに捉えれば心的外傷体験によって切り離された葛藤を持った自我による再演、ポジティブに捉えれば潜在的願望の成就を動機とした試みである可能性も考えられるのではないかと思っているが、どう思うか尋ねてみる。  それに加え、まだ長谷には誰にも言っていないような重大な出来事があるんじゃないかと思っていること。  そして、何故おれは長谷のことを気に入ったのか、何故匿おうと思ったのか未だ自分でもよくわかっていないことを正直に言った。  「その可能性も無きにしもあらずだけど、そこはわたしが直接長谷くん本人に聞いたわけじゃないからなんとも言えない。なんで他にも言ってないことがあると思ったの?」  「色々話したけど、それでも気が晴れていない感じというか。だから意図して隠してるとかじゃないけど、まだ話せる段階に来ていないような事もあるんじゃないかと思って」  でも、それは結局おれが勝手にそう思ってるだけで、真相はわからない。  「とはいえ、本人にそういう事があるんじゃないかと過ぎたことをわざわざ問い質すのも性分じゃないし。そうしたところで、言いたくないって拒否されるくらいならともかく、出ていくとか言われたらさ」  「…嫌なの?」  食卓の上で腕を組んで首を傾げる母に訊ねられて、はっとした。  おれは、長谷に嫌われるのが怖いのかもしれない。  「今まで色んな人に甘えて好き勝手に利用してきたけど、なんか長谷にはそういう気持ちにならなくて…おれがどうにかするって自然と思ったから、多分、頼ってほしいし、少なくとも嫌われたくはないんだと思う」  「まぁ、それはそれは…」  母が静かに驚嘆している。それはそうだろう。  育ての父を誘惑したり、まだ子供のハルくんを家に引きずり込んで行為に及んだりして、家を出てからも先輩の家に入り浸って音信不通になったり、渡世の人間に体を売ったり、兄弟同然のハルくんを振り回したり、とにかく碌な事をしてきていないのだから。  多分おれは、無意識に、本能的に、誰かを好きになったり、他人に思い入れることを避けていた。  良くしてくれる人が現れても、嫌われても傷つかないようわざと好き勝手に振る舞っていた。  離れるときは何かと理由をつけて自分から離れるようにしていた。  本当は長谷のことだって、あの事件のことがなかったら見学だってすんなり許可したし、うちの学校に来ている間誂って弄んで、終わったらあとはハイさようならだったはずだ。  けど、そうならなかった。  長谷の父親に対して恩はあるものの、事件のこと探られるのはいい気はしなかったし、別にすっぱりあの時点で切り捨てて追い返すことだって出来たはずだ。  でも、おれはそうしなかった。

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