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鳳凰(ほうおう)47 side楓

5年後───────── 「海だーっ!」 白い砂浜に降り立った途端、櫂が目をキラキラさせて叫んだ。 「ねぇパパ、波のとこまで行ってもいい!?」 「いいけど、せいぜい足首が浸かるくらいまでだぞ?今日は波が穏やかだからって、油断すると足を取られて海に引きずり込まれるんだからな?」 「わかってるって!行こう、凪!」 蓮くんの説教を遮る勢いで靴と靴下を脱ぎ捨てて、俺の足に強くしがみついている凪へと腕を伸ばし。 「え…」 「だいじょうぶっ!かいが手をつないでてあげるからっ!」 初めて間近で見る海に怖じ気づいてる凪の手を、無理やり引っ張る。 「ちょっ…かいっ…!」 「だいじょうぶ、だいじょうぶっ!」 無理やり引き摺られるように海へと向かいながら俺を振り向いた凪に、笑顔で頷いてみせると。 諦めたように口をへの字にして、櫂と共に駆け出した。 俺と蓮くんは、並んで走っていく小さな背中をゆっくりと追いかける。 「ほら、早くぬいで!」 「ちょっとまってよぉ!」 櫂が凪の靴と靴下を無理やり脱がし、ぽいっと俺たちの方へ投げ捨てて。 波打ち際に並んで立つと、ちょうどやってきた大きめの波が二人の小さな足を飲み込んだ。 「つめたーいっ!」 「つめたーいっ!」 同時に叫んだ櫂と凪は、とびっきりの楽しそうな笑顔で。 俺は蓮くんと顔を見合わせて、微笑む。 初夏の暖かい日射しに照らされた 美しいコバルトブルーの海の向こう側には 江ノ島が見える 蓮くんとの大切な思い出がたくさん詰まった 大切な場所 「久しぶりだね」 「ああ」 懐かしいその島影を見つめながら、蓮くんがそっと俺の手を握って。 俺も、ぎゅっとその手を握り返した。 「あーあ…あいつら…」 優しい温もりを感じながら、少し感傷的な気持ちで江ノ島を見ていると、蓮くんの呆れた声が聞こえてきて。 波打ち際で遊んでいた櫂と凪に視線を戻せば、二人とも頭も服もびしょびしょに濡れている。 いつの間にか、海水の掛け合いっこを始めてしまったらしい。 「あれじゃ、車に乗せられないぞ…」 「確か、島の入口に温泉あったよね。そこに行くしかないかも。着替えは車に積んであるから」 「だな…」 困ったなぁと思いつつも、すごく楽しそうな子どもたちの様子に、怒る気になんかならなくて。 眩しいほどの光景に目を細めた瞬間。 小さな2つの背中に 真っ白い羽が見えた 「あ…」 「ん?どうした?」 瞬きをすると、一瞬でそれは消えてしまったけれど。 「…天使、だ…」 「え…?」 「今、ね…あのこ達の背中に、天使の羽が見えたの…」 それはいつか蓮くんの背中に見た この広い大空を自由に羽ばたくことができる翼 「そっか」 俺の言葉に、蓮くんはただ頷いて。 それから、俺の一番大好きな優しい微笑みで、優しいキスをくれる。 「あーっ!パパ、ずるいっ!」 その甘さにうっとりしてると、凪の叫び声が聞こえてきて。 それまで水遊びに夢中だった二人が、一目散に俺に向かって走ってきた。 「かいも、ママとちゅーするっ!」 「なぎもっ!」 びちょびちょのまま俺の足にしがみつく二人を、蓮くんが無理やり抱き上げる。 「ダーメ。ママはパパのものだから、ママはパパとだけちゅーするの。櫂と凪は、自分で見つけた番の人とちゅーしなさい」 「つがい…?」 「それ、なに…?」 首を傾げる二人に向かって。 「番っていうのは、世界で一番大好きで大切な、たったひとりの人だよ」 蓮くんは真剣な顔でそう言った。 「じゃあ、かいのつがいはママがいい!」 「なぎもっ!」 「ママはパパの大事な番なの。櫂と凪の番は、この世の中のどこかに絶対にいる。その人に出会えたら…二人ともきっと、世界一幸せになれるよ。パパみたいに」 「う…?」 頭のなかにはてなマークが飛び交ってるような表情の二人を見つめながら、蓮くんの言葉に胸が熱くなる。 世界一幸せなのは 俺の方だよ この果てしなく広い世界で たったひとりのあなたに出会えたこと 本当に本当に幸せだよ 「よし!じゃあ、砂でお山を作って、パパと競争しようか?パパより大きな山を作れたら、アイスクリーム買ってやるぞ?」 「アイス!食べるっ!」 「おやま、つくるっ!」 難しい顔で眉をしかめてた二人は、その提案にぱっと表情を明るくして。 蓮くんの腕からぴょんっと抜け出した。 「ママも、いっしょつくろ!」 俺の大切な天使たちが、愛らしい微笑みで俺を呼ぶ。 「うん」 溢れかけた涙を拭って。 俺はなによりも愛おしい3人の天使たちの元へ、駆け出した。 END

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