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鳳凰(ほうおう)46 side楓
マンションに戻ってくると、なんだかどっと疲れが出て。
倒れるように、ソファに座り込んだ。
ちょうどお腹が空いたのか、それまでおとなしかった櫂がぐずぐずと泣き出して。
おっぱいをあげると、凪も同じようにぐずぐずと泣き出す。
「よしよし、凪はパパがミルクあげるからな。ちょっと待ってろよ」
蓮くんが急いで台所に行って、手際よくミルクを作り。
凪を抱っこして俺の隣に座って、どことなく慣れた手付きで哺乳瓶を咥えさせた。
「…すごい。俺より、全然ちゃんとした親だね」
蓮くんがアメリカでちょっとだけ赤ちゃんのお世話したことあるって話は聞いてたけど。
思ってた以上の手際の良さに、なんだかちょっと落ち込んでしまう。
「そんなことないよ。俺の方がちょっとだけ経験があるだけだからさ。慣れれば、これくらいすぐに出来るようになる」
「そっか。じゃあ頑張んなきゃね」
「そんなに頑張らなくてもいいよ。楓は、もう十分過ぎるほど頑張ってきた。龍のことも…よく頑張ったな」
俺を労ってくれる優しい言葉に、じんわりと胸が熱くなって。
そっとその逞しい肩に頭を乗せた。
「…本当はね…あれで良かったのか、わからないんだ…」
俺を包み込んでくれる優しい香りに縋るように、俺は心の声を唇に乗せる。
許さない、なんて言ったけど
実際は許したようなものじゃないのか
龍が幸せになることを
もしもあのこが許せないと思うとしたら
俺はあのこを裏切ることをしてしまったんじゃないだろうか
そんな想いが消えない
「俺は、俺だけの気持ちであんなこと言っちゃったけど…あのこは違う気持ちだったんじゃないかって…」
俺の言葉に、蓮くんはしばらく黙って考え込んでいたけれど。
「…楓は、今どう?どんな気分?」
唐突に、そう訊ねた。
「どう、って…」
「楓自身はどう思ってるのか、ってこと」
俺の頭を、頬ですりすりしてくれて。
その柔らかい感触に包まれながら、そっと目を閉じ、俺は自分の心と向き合う。
俺は…
俺の気持ちは…
「…申し訳ないけど…なんだかちょっと、すっきりしてる、かも…」
恐る恐る、素直な気持ちを吐き出すと、蓮くんがなぜか嬉しそうに微笑んだ。
「そっか」
「うん。こんなこと言うと、不謹慎かもしれないけど…肩の荷が降りた、みたいな…そんな感じ…かな…」
その優しい眼差しに押し出されるように、もう少しだけ吐き出すと。
蓮くんは、大きく頷く。
「だったら、それでいいんだよ」
「え…」
「きっとあのこも、楓の選択を受け入れてくれる。俺は、そう思う」
力強い言葉が、俺の心を優しく包み込んでくれて。
「だから、これからはこの子たちとの未来だけを考えて、生きていこう」
いつの間にか眠ってしまった櫂と凪の無垢な寝顔が、俺の心を幸せという温かな感情で満たしてくれる。
「…うん」
頷いた拍子に溢れた涙を、蓮くんの唇がそっと拭き取ってくれて。
蕩けそうな優しいキスを、くれた。
「子どもたちが少し大きくなったらさ、いろんな所に行こう。動物園、水族館、遊園地…沖縄のエメラルド色の海も見せてやりたいな。北海道の一面の雪景色も。たくさん楽しいことをして。たくさんの景色を、4人で見たいよな」
楽しそうにそう話す蓮くんの視線の先には。
まだ見たことのないいろんな世界が広がっている。
それは
俺がずっと見ることの出来なかった
未来の世界
「…うん。そうだね」
「楓は?どこかいきたいところ、あるか?」
「うーん…アメリカ、かな」
「アメリカ?」
「そう。俺の知らない蓮くんがどんな景色を見てたのか…それを、知りたい」
そう言うと、蓮くんはちょっと驚いた顔をしたけど。
またすぐに、柔らかい表情に変わる。
「わかった。いつか連れていってやる」
「ホント?」
「折角だから、あちこち回るのもいいかもな。本場のディズニーリゾートなんか、子どもたちも喜ぶだろ」
「それいいね」
「後は?どこか行ってみたいところ、あるか?」
「うーんとね…フランスやスペインも行ってみたいなぁ…あと、南極!」
「え?南極!?」
「そう。なんか、ワクワクしない?」
「いや…普通に考えて、無理だろ…」
本当はね
行き先なんてどこだっていいんだ
蓮くんと櫂と凪がいれば
どんな場所だってきらきらと輝く美しい世界に変わるから
「旅行もいいけど、二人が大きくなったら引っ越しもしないとな。大きくなったら、子ども部屋もいるだろうし」
「そっか、そうだね」
「郊外に一軒家でも建てるか。庭も作って、ブランコとか置きたい」
「いいね」
すやすやと眠る櫂と凪を抱っこしたまま、俺たちは時間を忘れてこれから先の未来について語り合った。
開け放たれたカーテンの向こうの空には、いつの間にか真ん丸の月が上っていて。
まるで俺たちを見守るように、優しい光で照らしていた。
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