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嘘つき_1

七時五十分、家を出る。 これは月曜日から金曜日まで決められた日常。 毎朝毎朝満員電車に揺られ、面白くもない会社へ出社する。 大人になったら自由が手に入れられると信じていた学生時代。 現実はそんなことなくて社会人になった途端、拘束される範囲が増えたようにも感じた。 出社してからは座りっぱなしのデスクワーク。 …………退屈だ。 「――退屈だって顔してる」 「――!?」 背後からの声に振り向くと、してやったりの顔をした男が一人。 黒のスーツに赤のネクタイがよく似合っている。 さっぱりとした黒髪は几帳面に纏められていて、好印象を受けること間違いない。 周藤 啓(すどう はじめ)と言うこの男は、僕とは幼馴染の間柄だ。 小中高大、そして就職先………まさに腐れ縁。 「いきなり声を掛けるなっていつも言っているだろう?」 「だって毎回いい反応してくれるからさ」 楽しそうな周藤に、僕は呆れて溜め息を吐く。 「僕で遊ぶな」 「ごめん、ごめん」 と言いつつも悪びれている様子はない。 コイツはいつもそうだ。 飄々としていて、楽観的で、つかめない奴。 人の事からかってばかりいて……… でも根は優しくて、だから周りに人が絶えない。 いつだって輪の中心。 僕とは違う世界の人間。 例え幼馴染でも、別世界の人間だ。 そう分かっているはずなのに、僕は不毛で叶うことのない想いをコイツに寄せている。 何年も何年も…………。 これは、生涯隠し通すと決めた僕の秘密だ。 「そうだ、金崎(かねざき)今晩暇?」 週末控えた金曜日、悲しいことに何の予定も入っていない。 「………まあ、暇だけど」 「ラッキー!じゃあ今夜何処かで呑もうぜ」 周藤はこうして時々僕を誘う。 呑み仲間だって沢山いるんだから、わざわざ僕を誘わなくてもいいのにな……。 「……………」 「嫌か?」 「……………いや、別にいいけど」 「じゃあ終わったら迎えに来るから」 と、周藤は立ち去っていく。 経理部の僕と営業部の周藤は働くフロアが異なる。 本当、わざわざ来なくていいのに……。 去る背中を目で追えば、周りの女性社員が周藤に視線を送っていることがよく分かる。 うっとりとした、熱い視線。 何となく見ていたくなくて、自分のPCに視線を戻した。 僕が女性だったのなら、あんな風にアイツを見つめても可笑しくないんだろうか……。 叶わない、届かない、分かっているんだ。 だってアイツは男なんて好きにならないから。 それなのに好きな気持ちが増えていく。 徐々に、徐々に僕を侵していくこの感情は厄介なほど消えてくれない。 「……………虚しいなぁ」 思わず出てしまった言葉。 それ以上紡ぐまいと珈琲を一口啜った。

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