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嘘つき_2

――すまないな、金崎くん。私はこれから取引先の方と会食に行かなくてはならなくて。頼めるのは君しかいないんだ」 定時寸前、大量の資料を抱えた上司が眉尻を下げて僕のデスクへ。 「これ月曜の会議で使う資料でね。何とか今日中に仕上げなければならなくて」 入社からよく面倒を見てくれていた上司だ。 普段は自分の仕事をキッチリこなす人で、こうやって部下に頼むことは珍しい。 いつもニコニコと笑顔を絶やさない人が、困った表情をしていると些か罪悪感が生まれる。 仕方ない、周藤には悪いが仕事を優先させてもらおう。 「構いませんよ、お任せください」 そう応えれば、ありがとうと繰り返し呟かれた。 定時を知らせるベルが鳴ると同僚たちは退社していく。 「あれ金崎、まだやってくのか?」 同じ経理部の同期、宮下 淳(みやした すなお)が意外そうな表情で声をかけてきた。 「ああ、少し残る。これ片さなきゃならなくて」 「そっかぁ……ごめんな、手伝えればよかったんだけど今日予定入れちゃって……」 「気にしないでくれ。僕の仕事だから」 「ごめんな、あんまり頑張りすぎるなよ」 「ありがとう。お疲れ」 腕時計を確認した宮下はヤバい、と呟き退社していった。 さて始めよう、とデスクに向き直った途端、背中に感じる重み。 「かーねーざーきーくーん?俺との約束があるってのに、どうしてまだ仕事してるのかな?」 「す、周藤………」 顔を見なくても声の調子で分かる……怒ってるな。 「すまない、ちょっと仕事が終わらなくて」 「ふーん……」 背中が軽くなったと思えば、周藤は横に回り込み、デスク上の資料一枚を手に取った。 「これ、どう見てもお前の仕事じゃないだろう?」 「勝手に見るな」 取り返そうと手を伸ばしたけれど、周藤は更に高い位置に手を伸ばす。 「返してほしけりゃ白状しな。これ、誰の仕事だ?」 ぐいっと近付けられた顔を直視出来なくて、視線を逸らした。

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