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第1話

いつも通り、夕暮れの花の手入れをしていると店先に見慣れない少年が立っていた。 年齢は15歳ほど。 「いらっしゃいませ」 声をかけるが、少年は男を睨みつけて立っている。 殺意などは感じない。がいい気もしない。 「何かお探しですか?」 男が言うと 「父さん」 と少年は言った。それは呼ばれた感覚でもあったが、さすがにそれはない。 「迷子?どこではぐれたんだ?」 男が言うと少年はため息をついた。 「覚えてない?20歳の頃。αのあんたが欲望にまかせて、Ωをレイプしたの」 それを聞いて男は息をのんだ。 口は半開きで顔は青ざめていく。 その時のことははっきり覚えている。 それで逮捕され、前科がついた。 当時は抑制剤は飲んでいた。そのせいで、自分の意志で犯したと判決がくだった。 αの欲望が強いのはわかっていたが、ここまで抑えられなかったことはない。 出所してからは、つがいなのではないかと思ったが探すのはやめた。 相手も自分に会いたいわけがない。 これ以上かかわってはいけない。 恋しいからこそ今幸せにくらしてるならそれを壊したくない。 しかし、その時一度しただけだ。 冷静になって俺はとんでもないことをしたと、気が動転して逃げだした。 しかし、相手の男が気になって犯行現場に向かった。 その時に警察に事情聴取を受け、逮捕につながった。 恋しいと思ったのは確かだった。 刑務所の中で会いたくてたまらない気持ちは募っていったが、一年も過ぎると冷静になっていった。 「覚えてるんだ?忘れるわけないよね。前科がついたんだから」 少年は店内に入り、ゆっくり歩み寄ってくる。 男は後ずさり、持っていた花を握った。 「俺、その時できた子供なんだ。だからあんたが父親なんだ。  当時が20歳、それから15年で俺は15歳、あんたは35歳だ。  母さんは俺を妊娠したと知った時には下せる時期じゃなくて、  生む決断をしたんだ。  せっかくできた命で、きっと自分に似て可愛いって。  でも俺はあんたに似ちゃったし、αなんだよ」 少年が言うとクツクツと笑った。 「納得した?」 「納得……、できるわけないだろ」 男が言うと少年はがっかりしたように眉を寄せた。 分からないわけがない、妊娠していたならそれは事実でもおかしくはない。 この少年の顔は確かに男に似ている。 「物分かりが悪いなー。まあいいけどさ」 少年はどうでもよさそうににこりと笑った。 「お金ちょーだい」 「は?」 少年は手を差し出した。 「え、あ?」 男は間抜けな声を出す。 「ここに来るまでにお金全部使っちゃって。  お腹すいてるんだよね。とりあえず1000円で良いよ」 少年は男の後ろに回り、尻ポケットから財布を取った。 「おい!」 少年は男をうまくかわし、中から1万円札を取り出した。 「これでいいや」 と笑いながら財布を男に投げた。 「そこのファミレスにいるから。仕事終わったら来て」 と少年は走って出ていった。 「おい待て!」 突然のことに体は動かず、さらに自分の子供だという事。 自分に子供がいるという事実。 いやしかし、まだ本当に男の子供なのかはわからない。 しかし、口から出まかせとしても詳細すぎる。 男の思考は止まり、立ち尽くしていたが 客の「すみません」という声で我に返り、 通常通り営業を進めた。 営業時間を過ぎると、後片付けもそこそこに店を閉めファミレスに向かった。 ファミレスの奥の方で少年はテーブルに突っ伏し寝ていた。 「おい」 声をかけると少年はびくっと体を揺らした。 目を覚まし顔をゆっくり上げ、体をただす。 しかしまだ眠そうに目はしょぼしょぼしていた。 「金返せ」 「カツアゲ?」 「お前が盗んだ金を返せって言ってんだよ」 少年は「んー」とポケットに手を突っ込むが、そのまま止まった 「でーもー、これ返しちゃうと食い逃げになっちゃうよ。警察呼ばれたら父さんとしてあんたのこと呼ぶし、我が子供に食い逃げさせようとしたってなると、困るんじゃない?」 少年が言うと、男はぐっと手を握り少し冷静になろうと、向かいの席に座った。 「で?母さんの名前は?」 男はまず事実を確認しようと少年を見た。 「好美、男にしては女っぽいだろ?Ωだし、嫁になる前提だからってそうなったんだってさ。なんか勝手なイメージでひどいよね」 「好美、か……」 「レイプした相手の名前は聞いてるの?」 「いや……」 男は首を横に振った。 教えて貰えるわけがない、名前で探されまた襲われたとなったら相手にとっては気が気ではないだろう。 冷静になればなるほど、悔やんでも悔やみきれない。何度あやまったところで許してもらえるわけもない。 「母さんに会いたい?」 「会いたくはないな、あってしまったら、きっとまた……」 男はうつむいていった。 「それより、なんで俺に会いに来たんだ?どこで俺がここにいるって知ったんだ?」 「興信所に頼んだの。母さんには言ってない。けどやっぱ前科があると見つけやすいんだね」 「そう、か……」 男はうなだれるように言った。 「もー、さっきからなんなの!喪中モードみたい!誰か死んだの!?」 「仕方ないだろ、そんな急に、知らない間に子供出来てて、こんなに大きくなってて。  わざわざ会いに来たとか」 「言っとくけど、感動するところじゃないからね。学費が欲しいんだ。俺の父親なんだから払ってよ」 15歳と言っていた。そうなると 「高校か?」 「そう、母さん仕事頑張ってるけど。見てて無理してるの分かるし。このまま続けてたら倒れるよ。俺はそんなの嫌なの。けど母さんの両親って子供の頃なくなったらしくて、運よく高校入ってたし家もあるから、働きながら高校通って自分で食費稼いで、家事して、勉強して。 頑張ってる所にあんたが現れて、大事なもの持ってかれて。 でも……」 少年はそこまで言うと黙った。 「でも?」 男が聞き返すと 「相手の男はすっごい不細工だったって!」 少年は腹だったように言った。 「そう、そうか……」 男は肩を落とした。 「学費出してよ。今日はそれ言いに来ただけ。お金は次までに準備しといて」 少年は立ち上がった。 「悪いけど、帰りの電車賃もないからお金はもらってくよ。あと」 少年は念を押すように言う。 「今学費を受け取らないのは、あんたに逃げ道を作ってあげてるだけだから。 もし逃げたらあんた、レイプした相手にはらませて逃げて、学費も払わず父親としての立場からも逃げて、愛しの番を殺す事になるかもしれないんだからな」 少年は立ち去ろうと席を出る 「なんで番だって……」 「俺αだよ?そんな薬飲んでるのに我慢できずに襲うなんて、番以外ありえないじゃん」 男は唇を震わせた。 思わず涙がこぼれ顔を両手で覆った。番以外ありえない。 認めてほしかった。誰かにこの抑えられなかった気持ちを。 襲いたかったわけじゃない、傷つけたかったわけでもない。ただ番が目の前にいて、気持ちが抑えられなかった。抑えたかった、優しくできるものならそうしたかった。 この15年何度も頭の中で繰り返された。 そんな事できるわけもない。こんなことが許されるわけもない。 一生、この気持ちと繰り返し向き合いづづけることが、相手にとっての罪の償いとしかならない。 自分の手はけがれてしか見えない。どんなにきれいな花に触れても花の様にはなれない。 男はため息をついて店を出た。

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