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3 帰省⑤
翌朝、サウナみたいな暑さに目が覚めた。シャツは脱いでパンツだけになって寝たのに、全身べったりと汗を掻いている。肌も頭皮もベタついて気持ち悪い。窓を開けて換気をする。まるで徹夜明けの朝だ。体は怠くて重いし、刺すような朝日が疎ましい。
洗面所に向かおうとして、廊下で何かに躓いた。こんなところに物なんて置いただろうかと思って見ると、悠月が大の字で寝ている。俺が蹴飛ばしたせいか、うーんと唸って寝返りを打つ。夜は確かに布団にいたのに、なんだって冷たい床の上で寝てるんだろう。ともかく起こさないようにして洗面所へ急ぐ。
服を洗濯機に放り投げて浴室へ。浴槽にお湯は張らず、シャワーだけで済ます。リンスインシャンプーで頭を洗っている最中、ドアの向こうに影が動いたかと思うといきなりドアが開いて全裸の悠月が現れた。
「悪ぃ、すぐ出るから」
「ん……おれも、ふろ……」
寝惚け眼でそう言い、浴槽に腰掛けてシャワーを浴びた。
「冷たい……」
「そのうちあったまるから待って」
しかし一分経っても温まらない。仕舞いには冷たい冷たいと言いながら冷水を浴び始める始末だ。
「いやお前これ、青い方の蛇口捻ったんだろ」
「青?」
「お湯は赤い方回さないと出ねぇの。最初に教えたろ」
「そうだっけ」
「そうだよ。ぼやぼやしてんなよな。まだ眠いの?」
赤のハンドルを捻ると無事お湯が出た。俺もシャンプーを洗い流すことができた。お湯といっても三十八度くらいで、かなりぬるめである。悠月が泡だらけになっているのを見、俺は思い立って浴槽に湯を溜め始めた。いっぱい溜めるには時間がかかる。足だけ浸けて待った。
悠月はかなりゆっくり体を洗っていたので、全て終わる頃にはすっかりお湯が溜まっていた。俺が一人で半身浴していたところに悠月も恐る恐る足を入れる。爪先が水面に触れ、波紋が広がる。
「狭い」
肩まで浸かってから、悠月は文句を言った。
「絶対二人で入る用じゃねぇ」
「まぁな。このアパート単身者用だし」
こいつが普通の男子高校生のサイズだったら入れなかったと思う。小さくて助かった。
「なんだって急に風呂なんか」
「だってお前が入ってきたから、なんか、せっかくだしと思って。お前、昨日シャワー浴びなかったの」
「うん、めんどくて後回しに……。先生、彼女とも一緒に風呂入ったりすんの」
「えっ、いや、一緒に入りたいって言われれば……けど狭いし、実際したことはねぇけど」
「ふーん」
浴槽が狭いせいでただでさえ距離が近いのに悠月はさらに距離を詰めてくる。ぴたっとくっついて、俺が離れようとすると腕に纏わり付いてくる。こいつが女だったら、俺の腕をちょうど乳に挟めるくらいの位置だ。手首を辿り、指を絡めて手を握る。ちゃぷちゃぷと湯面が揺れる。換気扇の回る音が異様にうるさい。
「なる――」
「先生。昨日のこと、なかったことにしたら許さないからな」
「……ああ」
なかったことにするつもりはなかったが、こいつがなかったことにしたいと言ったらそうするつもりではいた。悠月がそれでいいなら、俺もこのままでいい。一線を越えてしまったら、もう後戻りはできない。
「正常位ですんの、おれほんとは嫌だったんだ。慣れてないし、顔見るのも見られるのも嫌で。でもちゃんとイけた。初めてだ」
「そうかい。じゃあ次はバックでするか」
「どっちでもいいよ。顔見えんのも悪くねぇってわかったから。本当、先生は他の誰ともまるで違う。朝になってもまだもっと一緒にいたいって思ったの、先生が初めてなんだ」
悠月は俺の肩に頬をすり寄せる。洗ったばかりなのですべすべもちもちしている。
「気に入ってくれたみたいで光栄だけど、他の男の話はあんましなぁ」
「あっ……ごめんなさい。でも、その、今は先生だけだから」
「そ。ならいいけど」
いちいち引っ掛かる言い方をするやつだ。過去の性生活も爛れていたようで気になる。元カレなのか元カノなのかわからないが、一体どこのどいつと付き合っていたんだろう。まさか俺みたいな悪い大人に手を出されていたのだろうか。そうだとしても今更何もできないが。
「先生も、今はおれだけだろ?」
「彼女なんて何年もいねぇよ」
「昨日使ったゴムは?」
「あれは何年か前の使い残しで」
「帰ってきた時めちゃくちゃ煙草臭かったけど?」
「いや、あれは昔馴染みに会ったからで……疑ってる?」
悠月は俺の目をじっと見つめ、うっすら微笑んだ。
「いいや。大体、彼女がいたらおれなんか邪魔で家に上げてくれねぇだろ」
「わかってて揶揄ったのかよ。嫌なガキ」
「まぁでもこれで安心だな。あんたはもうおれのもんだ」
悠月はおもむろに立ち上がり、俺を見下ろして堂々宣言する。尻が丸出しでなければ決まっていた。
「いや、お前が俺のもんになったんだろ」
「違う。あんたがおれのもんになったんだ」
「えぇ……まぁどっちでもいいけど」
「のぼせたから出るぜ」
湯船から出て体を拭く。髪を拭くとぱらぱらと水滴が散る。先生ものぼせる前にさっさと上がれよ、と言って悠月は浴室を出ていった。
食われたのはどっちなんだろう。俺は俺が食った気でいたが、実はあいつに食わされたのかもしれない。でも、やっぱり、あいつが俺のものになったと言う方が断然しっくりくると思った。
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