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6 葬式④
仕事を納め、教員も冬休みに入る。冬休みというか、単純に年末年始休みだ。今年は一週間も休めない。とりあえず部屋の掃除と片付けをしていたら、いつの間にか大晦日になっていた。蕎麦を茹でるのも手間なような気がして、どん兵衛で済ませた。ボトルで買った梅酒をちまちま飲みながら大晦日の特番を流し見しているうち、炬燵で眠ってしまった。
寒くて起きたがまだ深夜で、つけっぱなしのテレビからは何やらお笑い番組が流れている。何がおもしろいのかさっぱりわからず、テレビは消して炬燵に潜り込んだ。肩まで潜って、二度寝した。
次に目覚めた時には朝であった。窓の外で小鳥がさえずる。表通りを自動車が行き交う音がする。昨夜風呂に入らなかったことを思い出し、シャワーを浴びた。温度設定は四十五度でかなり熱いはずだが、体はなかなか温まらなかった。
風呂を出てスマホを見、着信があったことに気づく。一瞬期待したが、吉永先生からであった。掛け直すとすぐに電話に出た。
「啓一くん、お久しぶりです。あけましておめでとう」
「おめでとうございます、先生。新年もよろしくお願いします」
挨拶をしながら、何か大事なことを忘れていることに気づく。
「元気そうで安心しました。しばらく連絡がなかったので、心配していたんです。余計なお世話でしたね」
「いえ、あの、ごめんなさい。俺、色々忘れてて……お歳暮とか、送ってなくて。あっ、それに年賀状も……」
「年賀状は、今年は喪中ですから、送らなくていいんですよ」
喪中。そういえばそうだ。でも寒中見舞いなら書けるのに、存在ごとすっかり忘れていた。お歳暮だってそうだ。毎年欠かさず送っていたのに、今年はなぜか忘れていた。今年っていうかもう去年か。失敗した。
「私が心配しているのは、啓一くん、君のことですよ。何かあったんじゃないかと……」
「何かですか?」
「例えば、お父さんのお葬式で……私が勧めたばかりに、君に嫌な思いをさせてしまったのではないかと思って」
親父の葬式か。なんだかもう大昔の出来事のような気がする。ほとんど記憶の彼方だ。
「別に、何ともないですよ。まぁ、ちょっと居心地の悪い葬式ではありましたけど、弟もできたので」
「弟ですか。それはまた」
「腹違いの弟と、あと、親父の再婚相手の連れ子ってのがいて。だからどうってこともないんですけどね。本当、俺は全然元気なので、先生こそお体に気を付けてください」
「私だってまだまだ元気ですよ。啓一くん、困ったことがあればいつでも帰ってきていいんですからね。今から新年の挨拶に来てくれたっていいんですよ」
吉永先生は優しく言ってくれたが、すぐに仕事が始まるし新幹線の席も取れそうにないからと断った。お歳暮の代わりに何か送ります、と言って電話を切った。
吉永先生はいい人だ。俺みたいなのをいつまでも気にかけてくれる。郵便受けを確認すると、吉永先生からの寒中見舞いが届いていた。喪中だというのを言い忘れていたせいで、年賀状も何枚か届いていた。届いたものは仕方がないので、コンビニではがきを買って返事を書いた。
雑煮は作らなかった。特別難しくもないので毎年一応作っていたけど、今年は億劫だった。餅は買ってあったので、海苔で巻いて昼ごはんとした。元日は寝て過ごし、二日三日は箱根駅伝を見ながら酒を飲み、気づけば正月休みが終わっていた。
*
冬休みが明け、通常通りに授業が始まった。初日はみんな眠そうで、居眠りをする生徒が目立った。それは成瀬も例外ではない。舟を漕ぎ、はっと目覚めてはすぐにまた舟を漕ぐ。他の生徒の手前放っておくわけにもいかず、注意をした。成瀬は俺の顔を真っ直ぐ見ようとせず、すいませんと覇気のない声で謝った。
「七海先生」
授業後、廊下で呼び止められた。勢いよく振り返ったが、その顔を見て勢いを削がれた。知らない女子生徒だ。知らないというと語弊がある。成瀬と同じクラスの女子生徒だ。だがこれといって深い関わりのある生徒ではない。何の用かと訊き返すと、笑われた。
「冬休みの宿題、せっかく集めたのに持ってかないんですか?」
「えっ、あっ……」
教卓に冊子が積んである。今さっき集めたばかりの問題集だ。うっかりしていた。うっかりしすぎだ。
「もー、しっかりしてくださいよ。先生こそ正月気分が抜けてないじゃないですかぁ」
「悪いな。ありがとう」
そういえば、この女子生徒はクラス委員だったっけな。よく覚えてないけど、確かそう。国語科職員室まで宿題を運ぶのを手伝ってくれた。成瀬がじろりとこちらを睨んでいるような気がしたが、気のせいだった。
成瀬は最初の二週間くらいは毎日登校していたが、一月も終盤に差し掛かると不登校気味になり、まばらにしか学校へ来なくなっていた。古典の授業も三分の二の確率でサボるので、俺は成瀬のことがどんどんわからなくなっていく。離れていく距離を詰める術を、俺は知らない。
会う度にやつれていくように見え、常に眠そうでぼんやりとしていて、今日なんかは頬に大きな絆創膏と片目に眼帯を貼っていたので、いよいよ焦れて担任にそれとなく尋ねてみた。
「九条くんねぇ……確かに、最近休みがちですね」
「また風邪とか……?」
「いえ、そうではないんですけども……これは単なる噂なんですが、九条くん、最近ちょっと、悪い友達とつるんでいるみたいで。隣町に風俗街があるでしょう? あの辺りでの目撃情報が結構ありまして。ただ周辺にいたってだけで、実際に何かしたわけじゃあないんですけどね。担任としては、注意して見てあげたいところではありますが」
あの大仰な怪我は、その悪い友達と揉めて作った傷だろうということだった。本人も喧嘩で怪我をしたと言っているそうだ。
「もっとちゃんと学校へ来るように言っても、出席日数は足りているから大丈夫だの一点張りで。何か困ったことでもあるのかと訊いてもだんまりで。困ったものですよ。まぁでも、実際出席日数は足りているし、成績も問題ないですからねぇ。このまま問題を起こさずに進級してくれたらいいんですが……」
担任がこれではどうしようもない。
成瀬の表情は日に日に険しくなっていく。目付きばかりがきつく、触れたら怪我しそうなくらい刺々しい。出会った当初と同じ、どこにも行き場がないと言いたげな表情、孤独で寄る辺のないような雰囲気が、日を追うごとに増していく。しかしそれでも、俺にはまだどうにもしようがない。
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