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8 邂逅①

 目が覚めた。見慣れた天井が目に入る。波の音は聞こえない。俺は衝動的に玄関へ駆けた。期待と不安で胸が騒ぐ。   「……先生」    ドアの真ん前に、悠月がうずくまっていた。コートのフードを目深に被って、奥歯をガチガチいわしている。フードのてっぺんがうっすらと白く染まっている。切れかけた街灯に照らされ、黒い空に粉雪が光る。   「ごめん、先生……来るつもりはなくて……」    謝る悠月の腕を掴み、室内に引っ張り込んだ。体はすっかり冷え切って、顔も唇も蒼い。何も訊かずに暖房を入れ、風呂を沸かした。四十二度の熱いお湯だ。風呂に浸かると、蒼かった悠月の頬は徐々に血色が蘇ってくる。   「……先生ぇ」    しばらくは無言で俺にされるがままになっていた悠月だが、突如口を開いた。肩までお湯に浸かり、洗い場に座る俺の方へ視線を寄越す。   「おれを引き取ってよ」 「……なに、いきなり」 「うち、追い出されたんだ。役立たずはもういらないって母さんが……でも行くとこなんてないし、先生なら一応親戚だから、いいかなって思って……」    そんなもの、すぐに答えを出せるわけがない。限界まで温まってから出ろよ、と言い残して俺は浴室を去った。    用意しておいた俺のパジャマを着て、悠月は部屋に戻ってきた。上も下もぶかぶかで、袖も裾も余っている。ウエストが緩いのか、ずり落ちないように手で押さえて歩く。   「先生、おれ……」 「いいから座れ。湯冷めするぞ」    暖房も効いているのだから炬燵なんかなくても暖かいのに、俺はそう促した。悠月は俺の隣に無理やり足を入れて腰を下ろす。   「狭ぇ」 「お前が入ってきたんだろ」 「先生が座れって言った」 「だからってお前、わざわざこんな狭いとこに入んなよ」 「いいじゃん。だって、寒いから……」 「えっ、寒ぃの? 温度上げようか」    すると悠月はむすーっと膨れ面をして溜め息を吐く。   「そんなんじゃねぇよ。先生のバカ、アホ」    悪口を言いながら、ぎゅっと抱きついてくる。胸の辺りにぐりぐりと鼻を擦り付ける。猫というより犬みたいでかわいくて、つい頭を撫でた。指通りのいい艶々髪。濡れ羽色のそれにそっと唇を寄せ、匂いを嗅いだ。同じシャンプーなのに、なぜかいい匂いがする。甘くて食べたくなる。   「……すき」    ぽつりと呟く声がした。はっとして悠月を見るが、その表情は隠れてわからない。丸い頭頂部だけがよく見える。   「……俺も」    頭を撫でて呟くと、抱きしめる腕に力がこもる。苦しいくらいの力で抱きしめられる。   「……本当?」 「本当」 「あいしてる?」    今さっき見た夢のことを思い出し、わずかに躊躇した。   「好きだよ」    俺が答えると、それっきり悠月は何も言わなくなった。顔を隠すようにして抱きついたまま、泣きも笑いもしない。    これもまた夢なのではないかと不安になった。抱きつく悠月を引き剥がし、その顔を覗き込む。顔を見れば安心できるような気がした。悠月は俯いて俺の視線から逃れようとする。   「……泣いてんの」 「……泣いてねぇ」    夏の夜空のような瞳からとめどなく星が流れる。   「泣いてんじゃん」 「違ぇ……汗だ」 「うそぉ」 「じゃあ雪だ。雪が睫毛に積もって……ん」    キスをした。湯上りの唇は赤みが差し、潤っている。涙が混ざったせいで少し塩辛い。夢で吸った唇よりずっと柔らかく、満たされた気分になった。    キスしながらゆっくり押し倒し、両手を床に縫い付けた。深く潜って口内を探る。濃厚に舌を絡ませ合う。   「っ……せん、せ……」    唇を離す。悠月のだらしなく開いた口から、どちらのものともわからない唾液が伝う。目尻からは涙が流れる。そのしょっぱい雫をぺろりと舐め取った。   「ん……べつに、泣いてねぇ、からな」 「泣いたっていいよ。俺が全部舐めてやるから」 「ばか……きもいし……」    赤みを帯びた耳を甘噛みすると、憎まれ口を叩く口は閉じる。耳たぶの裏を確認してみると、悠月が以前言っていた通り確かにほくろがある。まるでピアスみたいだ。穴の入口を舌先でくすぐるように舐めながら、もう片方の耳にも親指を突っ込んで塞いでしまう。   「あっ……や、んっ……やめ……」 「どんな感じ?」 「ぞくってくる……せんせぇの音が、ぁ、いっぱいで……」    悠月は内股になってもじもじし始める。腰も若干浮いているが、本人は気づいていない。    炬燵を消し、布団に移動した。さっきまで眠っていたこともあって布団は敷きっぱなしだ。というより、最近は布団を畳む習慣がなくなっていた。一人で住むならそれでも全然問題なかった。    悠月の足首を掴んで、足の裏を確認する。左の小指に、確かにほくろがある。触ってみるに、俺のものとは違って本物らしい。   「先生、くすぐったいから……それにちょっと、恥ずかしい」    俺は悠月の声を聞き流し、小指を口に含んだ。驚いたのかくすぐったいのか、悠月の体がビクッと跳ねる。大きめの飴くらいのサイズで程よい。自由な右足で蹴られそうになるが、捕まえて押さえておく。小指だけでなく、他の指や指と指の隙間も舐めてみる。特に味はしないが、父と母を感じる。悠月は逃げようと藻掻きつつも、切なげな吐息を漏らす。   「ひぅっ、や……やだぁ、あっ、ぁん、……せんせ、っ、せんせぇ……も、んんっ、もや、やめぇ、……あッ、あんッ、やぁあ!」    徐々に声が大きくなりついには泣き叫ばれて、さすがに口を離した。唾液でどろどろになった爪先と俺の唇とを銀糸が繋ぐ。足の裏がピクピクと痙攣している。悠月は布団にばたりと倒れて顔を伏せ、必死に呼吸を整えている。   「ごめん、そんなに嫌だった?」 「はぁ、っあ……も、もれるかとおもった……」    俺はこんな風に乱れたことがないのでわからない。悠月は足まで敏感でかわいい。   「なんなんだよ、急に……ヘンタイ?」 「違ぇよ。なんつーかほら……昔のこと思い出しただけで。お前の足、ほんとにほくろがあるなと思って、そしたらなんか、舐めたくなった」    股間を弄りながら説明してやるが、どこまで聞いているのかわからない。まだ指一本触れていなかったのに、勝手にしっかり起立している。夢と違ってちゃんとついていて、心底ほっとした。    パジャマを脱がして裸にし、俺も部屋着を脱いで裸になった。暖房が効きすぎているのか、体はぽかぽか温かい。    悠月を仰向けに転がし、股を開かせて指を入れる。夢で触ったものほどは濡れていないけど、この控えめな湿り気こそが本物の悠月のものという感じがして懐かしい。ここにこうして触るのは一体いつぶりなのだろう。三か月は経っていると思う。   「誰かにさせた?」    俺が問うと、悠月は顔をしかめる。   「んなこと、いちいち訊くなよ」    結構柔らかくすぐに解れたので、もしかしたら誰かと寝たかもしれなかった。しかしそんなことは正直どうだっていい。最終的に俺の元へ戻ってくるのなら、それ以前のことなんて些細な問題に思えた。   「先生……今日は、ナマでしねぇ?」    コンドームを探して引き出しを漁っていたら、悠月がそんなことを言う。   「馬鹿言うなよ。これは俺のポリシーなの。絶対に着けてする」 「けち。いいじゃん、今日くらい。そのゴム薄いけど、やっぱり邪魔なんだもん。ねぇえ、ナマでしてよ」    コンドームを着けずにセックスをしたことは、人生においてもそうはない。性の決定権を得られるようになって以降は決してゴムを外したことはない。避妊とか性病予防だとか色々理由はあるが、他人との距離が限りなくゼロに近付いてしまうことが怖かった。ほんの一ミリであっても、物理的な隔たりがほしかった。   「せんせぇ……」    悠月が甘えるような鼻声で言う。   「……わかった。そんなに言うなら、ナマでしよう」    だからこれは俺の決意で、ある種のけじめでもある。   「いいの?」    期待に上擦った声。   「いいよ。だからほら、足開いて」    M字に開いた股の間に入る。年甲斐もなくどぎまぎしながら、ゆっくりと腰を進めた。    違いは先端が触れただけでわかる。小さな入口が、まるで息をするように動いている。亀頭を擦り付けると、キスするみたいに吸い付いてくる。これだけでも腰が甘く痺れる。もっとわかりやすい快感がほしいような、このまま焦らして楽しみたいような、どちらも捨てがたくて迷う。   「せ、んせぇ……も、はやく……」    先に我慢が切れたのは悠月の方である。腰をくねらせて俺のものを食べてしまおうとする。だから俺は腰を引いて焦らす。   「あ、あ、なんで……」 「だってかわいいんだもん。雛鳥みたいに必死になってさ。そんなにほしい?」    すると悠月は悔しそうに舌打ちをし、眉間に皺を作る。大きな目には生理的な涙がたっぷり溜まっている。するなら早くしろと言うので、緩急つけずに一息に貫いてやった。悠月は息を詰め、目を剥く。   「ん゛んっ…………あ゛ッ、まっ……」    入れただけで達したらしかった。性器からとろとろと透明な粘液が溢れる。   「あ゛っあ、や、いまイッ……いった、からぁッ、とまって、」    止まっても中が勝手に締め付けてくれるから気持ちいいのだろうが、俺は止まれなかった。貪るように腰を振り、がむしゃらに突き続ける。中の感触を味わう余裕もない。濡れた粘膜に優しく抱きしめられて、腰が抜けそうなほど気持ちいい。全身がびりびり痺れる。   「あんっ、あッ、いやっ、あぁだめッ、いく、またいく、せんせぇっ」    俺もそろそろ達しそうであった。外に出すために腰を引こうとすると、悠月の両脚ががっちりと絡まってホールドする。前にも後ろにも動けなくなり、そのまま中にぶち撒けた。三か月ぶりの射精は長く、精液の量も多かった。    ほとんど同時に悠月も二度目の絶頂に至る。注がれた子種を余すことなく搾り取ろうとして脈打つ肉襞の感触が如実に伝わってくる。強烈な刺激にくらくらする。   「なか、ぁ、あつい……」    悠月はうっとりと余韻に浸り、しがみついて俺の首筋や肩の辺りを甘噛みする。悩ましげな吐息が耳をくすぐる。   「せんせ……っ、せんせぇ……すき……」    その言葉に、あらぬ箇所が再度反応する。   「わりぃ、もう一回……」 「ひぁ、……」    一度出したおかげでさっきよりは余裕があるので、なるべく緩やかに抜き差しする。纏わり付く媚肉の熱さ、ふくよかさ、細かな蠢き、悠月の全てを知り尽くしたい。直線運動というよりは、円を描くように腰を回す。さっき出した精液が中で掻き混ぜられて水音が立つ。前立腺を擦る度、悠月の腰が大きく跳ねる。   「やっ、やあ……そこばっか、だめ、」 「ここ? 好きなくせに」 「あッ、んゃっ、……だって、ぁ、へんなのでそう……ん、もれそうっ」 「漏らされるのは困るなぁ」    そう言いつつ、前立腺を狙ってそこばかり突く。悠月は頭を振って悶え、夢中でシーツを引っ掻く。薄い腹筋がぷるぷる震え、足が宙を蹴り上げる。切羽詰まった声がどんどん大きくなる。   「いやっ、あぁッ、あも、だめ、やめ、……でるっ、なんかでちゃう、もれちゃうぅ」 「何が出るの」 「わかんなっ……あ! ぁ゛! や、いや……ッ!」    刹那、時が止まった。体をぐぐっと海老反りに反らし、腰をぶるぶる震わせながら、悠月は射精した。まるでスローモーションでも見ているみたいに、その温かい体液がほとばしり出るのを俺はじっと見ていた。白いものがぽたぽた垂れて悠月の腹を汚す。俺の腹にもいくらか飛び散った。    初めて見る光景であるはずが、何かとても懐かしいものに思えた。大昔に似たような体験をしたような気がする。しかしそれがいつどこで起こったことなのか思い出せないまま、開きかけた記憶の扉は閉まった。    絶頂の際、悠月の中は尋常でなく締まる。ビクンビクンと連続して媚肉が収縮する。それは前で達した時も同様らしく、悠月が射精して数秒後に俺も射精した。再び中に出してしまった。最初より量は多くないが、最後の一滴まで注ぎ入れて中を満たす。   「はぁ、は……せんせぇの、すごい……いっぱい……」    悠月は腹を摩り、うっとりと呟く。   「かわいいこと言うな」 「かわいい?」 「かわいいよ」 「すき?」 「好き」 「んふっ……ふふ、えへへ」 「笑うなよ。中締まる」 「ねーぇ、もっかいする?」 「しねぇよ。もう寝る」    抜去すると、二回分の白濁がどろりと溢れてくる。ティッシュでできるだけ拭き取り、悠月が出したものも綺麗に拭き取ってやった。そういえば、悠月が射精したのを初めて見た。ちゃんと出すもん出せるんだな、と声をかけたが、悠月は既に気持ちよさそうに眠っていた。俺も隣に寝そべって目を瞑った。

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