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8 邂逅②

 もしも全てが夢だったらどうしようと不安な朝を迎えたが、杞憂であった。悠月はうつ伏せで枕に齧り付き、だらしない寝顔を俺に晒してくれた。口が薄く開いていたので、思わずキスをする。寝起きでキスをするなんて、歴代の彼女の誰にもしたことがない。こいつだけ特別。   「んむ……ん……?」    悠月はようやく目も開いた。しかし上下のまぶたがまだ離れたくないよと言っている。   「おはようさん。よく眠れたか」 「おはよう……せんせ」 「昼飯作ってやろうか」 「朝ごはんじゃなくて?」 「だってもう十時だし。ブランチだな」 「ん……甘いのがいい」 「甘いの?」 「うん。きつね色のふわふわ」    にこりと微笑む。おねだりがうまい。作ってやるからさっさと顔を洗えと追い立て、布団を畳んで台所に立った。    戸棚を開くと、ホットケーキミックスがぎりぎり一袋残っている。材料をボウルに入れて混ぜていると、朝の支度を終えた悠月が隣に立って俺の手元を覗き込む。   「卵、おれが割りたかったのに」 「うまく割れんの? 殻入りそう」 「先生が教えてくれるんだろ? なぁ、混ぜるのやらせてよ」    悠月はボウルをしっかりと抱え、そのスピードじゃあ何時間かかっても混ぜ終わらないだろうとツッコみたくなるくらいゆっくりと泡立て器を回す。手が滑ってぶち撒けられるのだけは勘弁なので、ボウルを手で押さえて固定してやる。もう俺が粗方混ぜてしまったのだが、飽きるまでやらせた。   「どうだ? そろそろ混ざったか?」 「いいんじゃねぇの。焼いてこうか」    熱したフライパンに生地を落とす。おれもやりたい、と言うのでお玉を貸してやる。   「どろどろしてる……」 「そういうもんだからね」 「お玉の底にくっついて取れねぇ」 「適当でいいんだよ。底についたやつは最後にスプーンで取るから」 「先生みたいに平らにしたい」 「いやそのままでいいから。弄るとふわふわにならないぞ」    そんなこんなで片面が焼けた。フライ返しで裏返す。悠月がまたおれもやりたいと言い出すので、やらせてやる。   「できるか?」 「できる。ひっくり返すだけだろ」    悠月は慎重に、ホットケーキとフライパンの間にフライ返しを差し込む。   「一気に行けよ」 「話しかけんな、集中してるから……」    えいっ、と掛け声を掛けてひっくり返した。筋張るほど気合を入れていたわりにあまり勢いがなく、悠月の返したホットケーキは形が崩れて溶岩みたいになった。あーあ、と残念そうにする。    通常の倍くらい時間をかけ、三枚半のホットケーキが焼けた。   「マーガリン? 蜂蜜もあるけど」 「どっちも」    皿に盛って席に着いた。炬燵を入れて暖まり、きつね色のふわふわを頬張る。   「うまい?」 「うん。先生は? おれの、返すの失敗したやつ、うまい?」 「うまいよ」    仄かな甘みで胸がいっぱいになる。これほど平和な朝が再び訪れるなんて思っていなかった。兄弟だろうが何だろうがもうどうでもいい。もしも正しい出会い方をしていれば正しい関係を築けたのだろうが、今更関係性を変えることなんてできない。だからもう、一生このままでいいや。   「お前、これからはここ住めよ」 「いいの?」 「家追い出されたんだろ」 「まぁ、うん。でも」 「兄弟が助け合っちゃいけない法なんてないだろ。荷物持って、引っ越してこい」    悠月の口元に食べかすがついている。指ですくって口先へ持っていくと、俺の指ごと舐め取った。

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