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13 修学旅行②

 草木も海も、同室になった先生も、皆ぐっすり眠る丑三つ時。俺はなかなか寝付かれなかった。体は疲れているのに妙にそわそわして落ち着かない。酒の一杯でもやれば眠れるだろうかと考えていたら、コンコンとドアをノックされた。   「……先生」    こんな時間に誰かと身構えたが、悠月の声だ。しかしこんな時間に何をしているんだという感想に変わりはない。   「せんせぇ」    もう一度、俺を呼ぶ声がする。なんだか頼りなげで、放っておけなくなる声だ。寝ているふりをしたってよかったが、俺はドアを開けた。学校指定のジャージを着た悠月が、ぱぁっと顔を輝かせる。   「やっぱり起きてた」 「消灯後は出歩くなって言われてんだろ」 「だって、眠れなくて」    悠月は背伸びをして室内の様子を覗く。   「中入っていい?」 「だめだめだめ、一人部屋じゃないんだから」    悠月を部屋の外へ押しやり、俺も鍵を持って廊下へ出た。   「何号室だっけ? 送ってやるよ」 「やだ、帰りたくない」 「わがまま言うな。修学旅行なんだから、集団生活しなきゃだめだろ」 「だって、眠れないんだもん」    悠月は控えめに指先だけ触れ合わせるようにして手を繋いでくる。今夜はいやに甘ったれだ。ここが家なら何の問題もないのだが。   「眠れないったって、布団の中で目ぇ瞑ってじっとしてりゃあ自然と眠くなんだよ」 「偉そうなこと言って、先生だって眠れてないじゃん」 「いやほら、俺はほら、枕変わると寝れないタイプだから」 「嘘ばっか。こないだ泊まったホテルじゃ爆睡だったくせに。ねぇえ、いいじゃん。ちょっとだけだから」    悠月がくいと俺の手を引いた。こっちに来いという意味だろう。どこへ行く気か知らないが、仕方なくついていく。    昼でも夜でも関係なく、ホテルの廊下は微妙に薄暗い。その薄暗い廊下を抜けて辿り着いたのは、ちょっとした広間だ。大きな掃き出し窓からは海が望め、テーブルとソファがいくつか並び、自動販売機では飲み物が売っている。広間というほど広くはなく、休憩所というか談話室というか、そんなスペースだった。   「ジュースでもほしいの?」 「別に、そんなんじゃないけど」 「でも眠れないんだろ? あったかいものでも飲めば眠くなるんじゃねぇの」    自販機でミルクココアを買った。軽く振って悠月に持たせてやる。   「それ飲んだら寝ろな」 「ん……」    悠月は不満そうであったが、缶の蓋を開けて口を付ける。ちまちまと舐めるようにして飲む。   「せんせぇ、手繋いでいい?」 「さっき繋いだだろ」 「……けち」    一番窓際のソファに腰掛けた。夜の海に月影が揺れている。   「お前、何なんだよ。昼間もさ、俺ンとこ来てさぁ」 「おれがいちゃだめなのか」 「だめじゃないけど……だって怒られちゃうじゃん、俺が」 「怒られる?」 「そうだよ。公私混同だーっつって。ほんとは今こうしてるのもだめなんだからな。消灯後に出歩くの禁止だし、ココアなんか買ってあげんのもだめ。お前だけ特別なんだぞ」    手を繋がない代わりに頭を撫でた。丸三日触っていなかった悠月の髪は今日もさらさらしている。気持ちいい。   「……だって……慣れねぇんだもん。他人と寝るとか」 「俺とは寝るだろ」 「先生は別だ。それに家は落ち着く。ここはなんか……だって初めての場所だし、においとか空気とか、色々違うから……」    悠月の小指が俺の小指にちょんと触れた。どちらからともなく指を絡める。小指の先っちょだけ、指切りするみたいに。   「あと一日だ。我慢できるだろ?」 「うん……」 「修学旅行、楽しくない?」 「楽しくないことはないけど……四六時中誰かといるの疲れるし……そもそも旅行に慣れてねぇし……」 「でも二日間乗り切ったろ。明日の今頃は家にいるんだから、がんばりな」 「うん……」    悠月がずっと両手に持っているミルクココアがなかなか減らないので、飲むのを手伝ってやった。ココアは好みじゃなかったのかと思ったがそんなこともないようで、俺が缶に口を付ける度、飲み過ぎないでと釘を刺してくる。   「さっさと飲んで寝ろって」 「だってもったいないじゃん」 「もったいないことあるか。こんなのどこででも買えるんだから」 「そうじゃなくて……ねぇせんせぇ、チューしたい」    甘えるように言って顔を近付けてくるので、俺は慌てて悠月の唇を遮る。   「ばっかお前、だめに決まってんだろ」 「なんれ」 「なんでもだってもねぇの。俺の立場を考えてくれよ。帰ったら飽きるまでしてやるから、今は我慢しろ」 「む……」 「そんな目すんなよ。な、あと一日だから。がんばれるな?」 「うん……」    悠月はむすっとむくれたまま、仕方なしに頷いた。    ココアはまだ残っていたが、時間も時間なので悠月を部屋の前まで送る。眠れそうかと問うとわからないと言ったが、悠月は静かにドアを閉めた。鍵を掛ける音が聞こえたので安心し、俺も自分の部屋に戻った。

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