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13 修学旅行①

 高校二年の秋といえば文化祭の他にもう一つ大事な行事がある。修学旅行である。小中と修学旅行は行けなかったとしんみりするようなことを以前言っていた悠月だが、高校の修学旅行は金銭面の都合がついて参加できることになった。俺が払ったわけではない。一年時からの積立式で、義理の父親の口座から既に全額支払われていた。    初めてとあって、悠月は一週間以上前から密かにそわそわしていた。スーツケースを持っていなかったので量販店で大きいサイズのものを買い、着替えのワイシャツや靴下を買い足し、いい機会なので下着類も新調した。   「先生も一緒に行くんだよな」    悠月が嬉しそうに言う。もちろん俺も同行する。副担任として引率するのである。   「でもクラスが違うんだから、あんまり構ってやれないと思うぞ」 「いいよ、別に。先生一人で留守番するんじゃかわいそうだと思っただけだ」 「かわいくねぇやつ。そんなこと言ってたら小遣いやんねぇぞ」    するとあんまりショックを受けたような顔をするので出端をくじかれた。   「嘘だよ。ほら」 「なんだぁ。脅かすなよ」    三泊四日で二万円。多いか少ないかは人による。    *    朝早く集合し、学校からバスで空港へ。飛行機に搭乗するが、大人数の上慣れていない者ばかりなので時間がかかる。ようやく静かになったと思ったら、離陸の際に大歓声が巻き起こる。添乗員さんには迷惑をかけるが、騒ぎたくなる気持ちもわかる。俺だって、飛行機はほとんど乗ったことがないので生徒と一緒に盛り上がりたいくらいだ。    座席はクラス別だから、悠月の様子はわからない。席を移動すればわかるのだろうが、わざわざそんな目立つことはしたくない。新幹線程度で興奮していたやつだし、きっと今回も柄にもなくはしゃいでいるのだろう。と、思っていたら、スマホにメッセージが入った。悠月からである。今時は機内でもWi-Fiが飛んでいる。    富士山、というメッセージの後に写真が送られてくる。飛行機の窓から撮った富士山の写真だ。雪化粧を施された富士山が雲海に佇んでいる。俺は一応仕事中なので手短に、雪の富士山も見られてよかったな、とメッセージを返した。   『うまく撮れてるだろ』 『いい席ゲットしたな』 『たまたま。先生の席からは見えない?』 『真ん中だから何も見えない』    メッセージアプリなんて普段はほとんど使わないくせに、今日は連続で送信してくる。初めての飛行機に、やはり柄にもなくはしゃいでいるのだろう。隣でその様子を眺めていたかった。    本州を離れてしばらくは延々海が続くが、南の島々が見えてくると機内は再び活気付く。午後一時過ぎ、ようやく那覇空港に到着した。着陸の際も生徒達はざわついていた。    一日目は首里城等世界遺産を巡り、伝統のものづくりを体験し、那覇市内のホテルに宿泊した。生徒達をさくっと入浴させ、就寝時間になったらとっとと部屋に押し込み、教職員で集まって明日の打ち合わせをして、深夜まで交代で見回りをした。    二日目は平和祈念公園等を巡る平和学習の後、琉球の文化や豊かな自然について学べるテーマパークを自由に散策した。夜は昨日と同じホテルに泊まり、見回りも遅くまで続いた。    三日目の日程は、まず海水浴だ。シュノーケリングやダイビングなど普段できないマリンスポーツを体験した後、浜辺で適当にわいわい遊ぶ。引率の先生達も少しはリラックスして、生徒と一緒になって遊んでいる。    悠月は中央の輪にはあまり入らず、つまり砂浜に穴を掘って友達を埋めるというような遊びには参加せず、隅の方で貝殻を拾い集めている。一緒にいるのは黒縁眼鏡の彼だ。何やら親しげに話している。他にも何人かのクラスメイトが悠月に話しかける。ああして囲まれているのを見ると、悠月はやはり大変小柄だというのがよくわかる。    悠月が案外クラスに馴染み、受け入れられているようで安心したが、それはそれとして遠くから見守ることしかできない今の自分の立場を歯痒く思う。俺だってできることならあいつと一緒に海を泳いで熱帯魚の観察とかしてみたかった。    海水浴の次は、水族館を見学する。青空の下で元気にジャンプするイルカのショーを見た後、クラスごとに順番に水族館本館へ入場する。俺も受け持ちのクラスの生徒と共に入館し、いくつもの水槽を見て回った。   「先生」    不意に後ろから声がする。振り向くと、悠月がにっこり笑って立っている。   「何やってんの」 「何も」 「いや、お前のクラス、まだもっと後ろにいるはずだろ」 「別にいいじゃん。どうせ自由行動だろ? 時間までに集合場所に来ればいいって、先生言ってた」 「そうだけど。普通にお友達と回った方がいいよ」 「お友達とはもういっぱい遊んだもん……」    悠月は拗ねたような声で言い、結局俺の隣に居座った。    そこは超巨大水槽のあるエリアで、まるで本当に海の底にいるかのように仄暗い。水槽上部の吹き抜けから降り注ぐ光は、波の動きや魚の泳ぐのに合わせてゆらゆら揺れて反射する。とにかく青い青い空間だった。俺と悠月は最前列ではなく、正面より少し奥にある観覧エリアから水槽を眺める。   「あのでかいのがジンベエザメだ」 「うん」 「あれが……エイ?」 「マンタだろ」 「詳しいな、先生」 「パンフレットに書いてあったぞ」 「エイとマンタって何が違うんだ? 見た目同じだけど」 「さぁ……」    大水槽から順路に沿って進むと、深海の生き物ゾーンに入る。照明は必要最低限しかなく、まるで本当に深海にいるかのような暗闇が続く。生きているものだけでなく標本も飾られているが、どうも深海魚というのはグロテスクな見た目が多い。   「見て、先生。オオグソクムシだって」    これは生きているやつだ。しかも何匹もいる。   「でかいダンゴムシみてぇだな。これはちょっと……」 「うん、ちょっとかわいい」 「いやキモくない? 足いっぱいあるし、うにょうにょしてるし」 「先生ぇ、こういうのをキモカワって言うんだぜ。てか先生、田舎育ちのくせに虫嫌いなのかよ」 「田舎者だからって全員虫平気なわけじゃねぇよ。カワイイって言やぁ普通にイルカとか、熱帯魚の方がカワイイだろ。入ってすぐの水槽にいたやつ」    暗いせいで気が緩み、人目も憚らず悠月と二人で行動してしまっている。これじゃあ水族館デートしてるのと変わりない。修学旅行なんだから生徒同士で絆を深めてもらわなきゃ困るのに。見つかったら主任に怒られるな。   「まぁ熱帯魚もいいよな。イソギンチャクに住んでるやつかわいかった」 「ああ、あれだろ? ニモ」 「あいつそういう名前だったのか」 「いやそうじゃなくて……知らない? 映画の」 「さぁ。聞いたことねぇ」    深海ゾーンを抜けるとまた照明が明るくなる。最後まで二人行動はさすがにまずかろうと思いつつ良心が咎めて悠月を追い払えずにいたら、後ろから不意に声をかけられた。某黒縁眼鏡、もとい佐々野くんだ。   「九条お前、こんなとこにいたのか。捜したん……」    俺の存在に気づいたか、じろりとこちらを見る。何か文句でも言いたげな、不服そうな顔をしている。   「七海先生……九条とずっと一緒だったんですか」 「そこでたまたま会っただけだよ。迷子だったみたいで」 「別に迷子なんかじゃ……」 「いいから、後はお友達とお土産でも見てきなさい。先生はもう集合場所に行かなきゃならないから」    悠月の背中を押して眼鏡くんに預け、俺はさっさとその場を逃げ出した。悠月の様子は気になるが干渉しすぎはよくないし、身内同士でべったりくっついているのを他の先生に知られたら怒られるので、時間には早いが集合場所へ急いだ。    水族館見学を終え、ホテルへ移動した。今夜は昨日までとは違う、豪華なリゾートホテルに泊まる。何も昨日一昨日のホテルが悪かったわけではないが、客室から海が一望でき、開放的な中庭には広いプールがあり、露天風呂まで完備しているリゾートホテルは、やはりその辺のシティホテルとは一味違う。    客室も、昨日までは広い和室に布団を敷き詰めて雑魚寝をするというようなスタイルだったが、今日の部屋は洋室で広いふかふかベッドが出迎えてくれる。これで一人部屋ならなお良かった。    夕食の後、今まで通りの流れで生徒達をさくっと入浴させ、合間を縫って教師陣も入浴を済ませ、消灯後に巡回をした。三日間の活動でさすがに疲れが出たか、生徒達は無駄な内緒話をすることなく、あっさりと就寝してくれたらしかった。

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