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第75話
結月は起き上がり、眠る穂高の左胸に頭を置き、鼓動を聞いた。
とくん、とくん、一定のリズムにホッとする。
不意に、うーん、と穂高が唸り声を上げ、胸元に頭を置く結月に気がつき目を覚ました。
「....どうした?結月」
「あ、いえ...夢を見て...」
「夢?」
「昔の穂高先生が会いに来て...」
穂高は伏し目がちながら瞬きを忘れた結月を見つめた後、結月を手繰り寄せた。
「夢だろう?」
「夢だけど...会いに来てくれたのは本当です」
穂高ははあ、とため息をついた。
「...全く。身重なお前に会いに来るとか、遠慮を知らないな、当時の俺は」
「でも...」
嬉しかったです、と言う前に。
「昔のお前を少しは見習って欲しいよ」
結月の目が丸くなり、天井を見上げる穂高の瞳に釘付けになった。
「....昔の僕、ですか....?」
「ああ。数回、夢に出てきて...お腹の子供の心配や...そうそう、お前と俺を最初に会わせる予定がミスをした事も謝られた。当時のお前の計らいだったんだよ、今世で再会すること」
穂高は口元を緩ませたが、結月は違った。
昔の穂高、咲夜も同じ事を言っていた。
「失敗してしまったから、どうにか、俺たちに気づかせようと、互いに過去の記憶を思い出させたんだってさ」
結月は愕然とした。
初めて口付けをしたときに互いに当時の記憶が蘇った。
咲夜は、首を傾げた。
『神様が帳尻、合わせたのかも』
当時の結月が帳尻を合わせたことになる。
「だだっ広い何もない世界でさ、昔のお前は当時の俺を探して、桜の木を咲かせては移動してる。当時の俺が桜が好きで、出会ったのも桜の下だったからだろうな、桜で釣ろうって作戦みたいで。もう少し、大きい方が目立つかな、とかさ、俺に聞いてきたり」
「...咲夜もだよ」
穂高が訝しげに結月に視線を向けた。
「咲夜も桜の下にいた。...昔の僕のように移動しながらかはわからないけど....」
「ただひたすら突っ立ってんのか?不精者だな、当時の俺」
穂高が笑う。
「....動かないのか、もしかしたら動けないのかもしれない」
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