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ちゃんと、さよなら 1
「最後に一度だけ、キス、していい?それでちゃんと、諦めるから」
え、と聞き返す間もなく、時が止まった。
呼び出されて、扉を閉めて、生徒会執務室に二人きり。
卒業式もうすぐですね、とか、駅前に新しくできたカフェに行った、とか。
さっきまでいつも通りだった、他愛もない会話。
返事なんて、返事なんて。
心臓も呼吸も止まってしまいそう。
返事なんて、返事なんて。
どうして。
窓からさらさらと降り注いでいたオレンジ色の西日も止まって見えた。
(俺、こんなに綺麗な人のそばにいたんだ)
わかってはいたけれど、何十回、何百回とその詩的な横顔に見惚れたけれど。
改めて、憧れが心を揺らす。
でも今は、苦しそうな、泣きそうな笑顔。
(そんな顔、しないでください)
イエスか、ノーか。
その二択なのだろうか。
何も言えずに立ちすくんでいると、ふいに両手で頬を包まれた。
その手は、かすかに震えていた。
思わず目をつむる。
体温が近づく気配がして、そして。
触れたか触れていないかもわからないような小さなキスが、終わった。
そっと手は離れていく。
世界で一番大切な宝物を扱うかのように、そっと、そぅっと。
遠ざかる指先に『さよなら』が聞こえた気がした。
瞬間、胸の奥から、何かが荒れ狂うほどに溢れ出した。
それは、恋にしてはいけないと、閉じ込めていた感情だった。
「ごめん、やっぱり間違ってた」
長い沈黙の後、目尻を拭われて、自分が涙を流したことにやっと気付く。
「こうなるってわかってた、困らせるって。でも、もう最後なんだって思ったら、どうしても止められなかった」
イエス、ノー。
どちらを答えたとしても。
恋は、初恋は、形になる前にちぎれて、舞って、動き出した時間の風に消えた。
最後、もう、これで。
「約束する、二度と会わないから、安心して」
穏やかな声音で語りかけられる言葉は、透き通ったビー玉のよう。
二人の間をこぼれ落ちて足元に散らばっていく。
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