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ちゃんと、さよなら 2
「だけど、これだけは誤解しないでほしいんだ。本当に、好きだった。話すたび、会うたび、見かけるたび、どんどん好きになっていった」
もっと目元を、頬を、髪を撫でて。
まだずっと、その瞳を、素敵だと思わせて。
(そう願っては、ダメですか?)
だって、もう最後、一度だけ、諦めるって、すぐにはよくわからないけれど、でもわかるのは、さよならはすごく苦しいってこと。
「好きになってごめん」
いなくならないで。
ただ、ひとつ。
いなくならないで、いなくならないで。
「ごめんね」
首筋に添えられていた右手をキュッと握り返すと、ちょっと背伸びをして、何か言おうとしていた唇をふさいだ。
さっきよりも子供じみた、ヘタクソな二度目のキス。
少しふらついて、ふいにその胸の中に飛び込んでしまった。
「会わないって、会えないってどういうことですか?」
心いっぱいに膨らんだ想いは、勝手に声になって迸る。
「そんなのイヤです、絶対に」
伝わってほしい、届いてほしい。
これほど近くにいるのだから。
「好きとか、全然わからないですけど…。でも、二度と会えないなんて絶対イヤです」
同じことを繰り返すばかりで、笑われるかもしれない。
それなら、それでもいい。
確信がある。
今、言わなければ、きっと死ぬまで後悔する。
「…大丈夫だよ。気を遣ってくれてるなら、そんなことは気にしなくて…」
「そんなんじゃありません!」
自分の大声なのに、キンと耳鳴りがした。
「意味、わかって言ってる?先輩後輩とか、友達とか、俺の『好き』はそういう『好き』じゃないよ?…みんなが言う普通が、なくなって、つらいことが必ずあるよ?」
ふいに声色が尖ったのを感じたけれど。
ブレザーの襟元に置いた指先のすぐそこに心臓の鼓動があるから怖くない。
「全部はわかってないと、思います」
トクトクと、近くに。
「俺、あんまり頭よくないけど、わかってないけど、わかるんです」
耳を当てればもっと近くに、鼻先をうずめればもっともっと鮮やかに。
「これから会えなくなる、と、これからの不安な気持ち、だったら、今、何が何でも不安の方を選びます」
いつの間にか安らかな腕の中にいて、大きな手がなだめるようにゆるりゆるり、優しく背筋を行き来する。
その手のひらに甘えたくて、ほんの半歩、近づいた。
「頭がよくないなんて思ったことないよ。気配り上手で、いつも笑っていて、可愛くて、誰よりもずっとずっと可愛くて」
「やっ、やめてください!そんなことないです!俺、バカです、可愛くなんてないです!」
「そんなこと、ある。どうしようもなく、いとおしいんだ」
背中をさすっていた手が止まり、きゅっと小さく抱き締められる。
「ありがとう、大好きだよ、大好き、愛してる」
制服の奥の初めてのやわらかな肌の香り。
盗むみたいにこっそり思いきり吸い込んだ。
不意打ちの深呼吸のせいじゃない、クラクラしたのは、あまりに甘い幸せのせい。
「…あー、ちゃんと諦めようとしたのに。必死で隠してきたのに。最後の最後で、ズルい。ズルいし、ひどい」
聞き慣れたいたずらっぽいトーンに、混乱と緊張のゴチャゴチャがふっと和らぐ。
「なんですか、それ」
「好きなら好きで早く言ってほしかったなぁ。どれだけガマンしたと思ってるの、触れないように、傷つけないように」
「だって、憧れだったけど、好きとかそんな、男同士だし、わかんなかったし…」
そうだね、と頭の上からふんわり降りてきた言葉が本当にあたたかくて、また鼻の奥がじんわり痛んだ。
泣いてばかりで情けない。
自分も、言わなければならないことがあるはずだから、心の底の勇気を必死に手繰って、声でくるんで。
「…先輩」
格好のつかない鼻声、抱き締め返すために力を込めた両腕、静寂ごと取り込んだひと息。
「先輩のこと、これからちゃんと、好きになってもいいですか?」
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