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ちゃんと、さよなら 3

ちゃんと諦めてくれようとしてくれたなら、ちゃんと好きになる。 答えは見つかったけれど、尋ねればやっぱり怖い。 矢印が逆さまになったイエスとノー。 おもむろに体を離されて、咄嗟にその顔を見上げた。 「俺も、ちゃんと、もっともっと、もっと好きになる」 あの瞳に、自分ひとりが映っている。 無邪気で無垢で、小さな子どもみたいで大好きなこの笑顔を、不思議と、守りたいと思った。 不安なんて、不安なんて。 これっぽっちも。 たったの1ミリも。 散り散りになった淡い感情が恋に生まれ変わっていく、ざわめき、そのままさわってもらえたら。 うれしいんだと見つめ続ければ、秀麗な唇がそろりと蠢く。 「恋人になって、くれますか?」 特別な響きにちょっとだけ耳をとろけさせつつも、はい、とピシッと至って真剣な返事をする。 眉間にシワも寄っていたかもしれない。 頼りっきりだったから、絶対に曖昧にしてはいけなかったから。 まっすぐですれ違いのない、告白を。 でも、はりきり過ぎた返答はかなり空回って、ふふ、と思いがけない笑い声を聞いてしまう。 「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ、ゆっくり、ゆっくりでさ」 恥ずかしくなって俯くと、お互いの上履きの影も重なっていた。 「一生、大切にする」 「一生とか大げさです」 「大げさじゃないよ、未来丸ごと幸せにしてみせるって、命がけの覚悟決めた、初恋」 心が体から飛び出しそう。 なのに、フワフワでユラユラで、夢の中?魔法?こんなこと信じられる?と、視線の先の二人の影は本物。 「…どうして俺なんですか?」 押さえつけなくたって、閉じ込めなくったって、実はもう心は体を飛び出して二人を繋いでいる。 「俺が出会ったのは、菖樹だけだから」 ほら、名前を呼んでほしいと思えば、呼んでくれる。 「納得した?」 心を繋いで、体は抱き合って、ここまでの二人の何もかも、ずっと大切にしてきて良かったと素直に受け止めきれる。 こくりと小さく頷く。 自分以外の誰にも出会ってないなんてそんなワケない、なんてしょうもない屁理屈をこねる気はない。 (こんなに運命みたいで、運命よりも愛してるみたいな言葉ってあるのかな) 秘密をしまい続けた胸の青い小箱を開けて、彼の言葉をまた優しくしまって、ふたを閉じて、鍵をかけた。 これで、自分だけのもの。 ひとり占め、ふたり占め。 ワガママじゃない、自分だけのもの。 ちゃんと、さよなら。 傷つくことからも、片思いからも逃げてきた、意気地なしの自分と、さよなら。 遠くに吹奏楽部の練習の音が聞こえる、生徒会執務室。 三度目のキスは、向き合い、微笑み合い、ちゃんと正しい恋人同士のキスをした。 と。 内緒の話。 数えることができたのはそこまで。 うれしくって、甘い味がくすぐったくて、離れがたくって。 下唇をついばまれたり、冗談めかしたり。 おでこにもこめかみにも耳たぶにも首筋にも、手の甲にも指先にも。 驚いたふりをすれば、また唇に口づけられて、何度も何度も、繰り返し。 数えきれないほど、とろけきるほど、キスをした。

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