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1016day fry 12/22
手がけている仕事の引き継ぎと、得意先への挨拶とかで、思いのほか時間がかかってしまった。でもこれで大方、大丈夫なはずだ。デスクやロッカーの私物もほとんど処分して整理を終えたし、もともと大してなかったけど、何も無くなってガランとすると結構寂しく感じるな……。
最初は生活していければいい位の気持ちで志望した会社だったけど、自由度も高く大きな仕事を任せてもらえる機会も多くて、結構楽しかった。何よりここに入社したからあの人に会うことができた。
退職したら、もう見かけることすら出来なくなってしまう。
辞める前に、もう一度謝りたい。もう一度だけ正面からあなたの顔が見たい。しつこいって罵られてもいい。
あの人は俺なんかよりずっと頭がいい。俺の醜いやり口も、何もかも解っていて赦してくれていたんだ。だから、あの人が意図的に切った連絡先を暴くような、小賢しい真似はもうしたくない……。
『今日付けで退職します。今までお世話になりました。もう一度だけ会ってくれませんか。7時に北口公園で待ってます』
最後の出勤日の早朝、開発部に寄って深森さんのデスクに手紙を入れた。
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
寒いと思って見上げたら真っ暗な空から落ちる雪が見えてピシャリと顔に当たった。すぐに溶けてしまうようなシャリシャリとした雪だ。
座っているブランコを漕ぐと、前髪から水滴がポタポタと落ちてくる。
どんどん周りの店やビルの照明が落ちて、暗くなっていく。
人通りも、もうほとんどなくなった。
来るわけないか……。
深森さん。俺、今までいい加減に生きてきたけど、親父の会社の跡を継いで、多くの従業員とその家族の生活を守ることにしたよ。いつあなたに会っても恥ずかしくないように。できればあなたに選んでもらえるように。
俺が居なくなったら深森さんは恋人を作るのかな……結婚しちゃうだろうか……あなたの幸せを願わなくちゃいけないんだろうけど……。
無理。やだ。会いたい。抱きしめたい。
水滴と一緒に涙が落ちた。
苦しい。苦しいよ。深森さん。
嫌われても罵られてもいい。あなたがいい。他の誰かじゃダメなんだ。
やっぱり俺、親父にそっくりだな。
母さんに嫌われるはずだ。
「……この寒いのに、いつまでそうしているつもりだ」
顔を上げると傘をさしてる深森さんの姿が見えた。
夢かな。消えないように捕まえて強く抱きしめる。
消えない……あったかい。
「ビシャビシャだぞ。俺まで濡らす気か……」
深森さんが文句を言ったけど、絶対にやだ。離さない。
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
行ける訳がない……年末までに仕上げなくてはならない案件がある。今日は残業だ。つい覗き込んでしまった机の引き出しをしめると仕掛かり中のプログラムに目を戻した。
……なのに、さっきからろくに進まないし、ミスも多くてイライラする。
気分を変えるためにコーヒーを買おうと立ち上がり自販機に向かうと窓から雪が降り出しているのが見えた。
もう9時をまわっている。居るわけがない。
このままでは仕事が進まない。
確認するだけだ。居ないと分かればそれでいい。
自分に言い訳をしながら車のキーを掴んだ。
近くの駐車場に車を停め公園に向かうと遠目に、ブランコに座っている桐生の姿が見えた。この寒い中、冷たい雪に降られてる。
帰れ。帰れよ……。
頼むから……。
……なのに、近くの店の照明が落ちても、街頭の灯りが減ってもお前は動く気配がない。ぐらり……と桐生の体が前に落ちるように見えて、反射的に体が前に出てしまっていた。
「……この寒いのに、いつまでそうしているつもりだ」
声を掛けると、桐生はびくりと反応して顔を上げた。
俺を見て、びっくりした顔をしている。
近くで見るとスーツもぐっしょり濡れていて、今気温が何度だか分からないが、朝までこのままだったら絶対凍死してる。
桐生はびしょ濡れの体で抱きついてきた。氷のように冷たい。正気の沙汰じゃない。
「ビシャビシャだぞ。俺まで濡らす気か……」
文句を言っても、俺を抱きしめる腕は少しも緩まなくて身動きが取れない。温めるように、じっとしていたが、しばらくすると、ずるっと桐生の体が傾いた。
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