10 / 142

第10話「雨宮」

しばらくは、キャバ嬢って凄いな、と言う日々だった。 男と話すと言うのはそれ程に面倒だったのだ。 「金貰えたとしても、これはキツい」 タクシーから降りてひと言呟き、地下駐車から住人専用エレベーターの内、30階以上の部屋の住人用である2号機のボタンを押して、扉が開くとそれに乗り込んだ。 「はあー、、疲れた」 芽依は、アプリを始めて1ヶ月経つ頃には当たり前のように男を騙して引っ掛け、弄んだ後にブロックして捨て去っていた。 初めは罪悪感があったものの、アプリ内で気になるボタンを押してきた男達はどの人間も似通っていて、上から目線に品定めをしてくる。 サラリーマン、医者、バー経営者、美容師、飲食店の従業員、学生も。 様々な職種の人間とやりとりをしたが、一貫して「竹内メイ」については低評価、否定的な声が多かった。 (うっぜ) 「見た目だけ」「浮かれていた」「今度のドラマもきっとダメ」「当たった出演作がない」「スキャンダルの印象しかない」 ぶつけられたそんな言葉に逆上し、芽依は罪悪感など忘れて次々と「MEI」の餌食にして行った。 「はあ」 しかし、気分が晴れるのは一瞬だった。 泰清のように割り切ってやればもっと楽しめるのかもしれないが、芽依はすぐに苛立ちがぶり返して来る。 こんな事をしている自分もまた、気持ちが悪くて嫌いになってきていたのだ。 何度やっても、やらなくても、やはりそれは分からなかった。 「ん、?」 そうして始めてから2ヶ月たった今日、アプリでたまたま目にした男に興味を引かれた。 「30歳、、めっちゃ童顔だな」 登録してから1ヶ月程経っている男で、登録名は「雨宮」。 「婚活アプリ初心者です。宜しくお願いします」とひと言紹介文の部分にはそんなメッセージが添えられている。 目に付いたのは気弱そうな、人の良さそうな童顔で、紹介写真は本人だと書いてある。 「顔いいのに彼女いねーんだ、、半年前にフラれた、、ふーん。どうせ取っ替え引っ換えしてんだろうな。歳上に好かれそ」 その男の自己紹介ページを開き、自己紹介の詳細と他の紹介写真を見に行ってみることにした。 他人の自己紹介ページを覗くと、自分が見たと言う「足跡」が残るのが婚活アプリの仕組みだ。 「好きな食べ物、和食とハンバーガー。好きなタイプ、女優の漆原麗奈、、渋いとこ行くな。確かにあの人性格いい、、あ」 ドラマの現場終わり。 やっと帰ってきた自分の部屋のベッドの上で、着ていた長袖のTシャツを脱ぎ去って上裸になった芽依は、ドサ、と横になり、ふかふかの布団の上で携帯電話を見つめている。 「好きなタレント、、佐渡、ジェン(さわたりじぇん)」 久々に見た字面。 それは、芸能界を辞めてしまった芽依の親友、かつて事務所一の売れっ子として名を博したBrightesTの、片割れの名前だった。 「ジェンのこと、、覚えてる人、いんだなあ」 綺麗に染め上げられた銀色の長髪を結い上げた姿が脳裏に蘇った。 彼が最後に挑戦した月9のドラマでの役の為のものだったが、今思えば一緒にいて見てきた彼の髪型、髪色で、あれが1番似合っていたように思う。 (そんなこと伝える暇もなかったな、、あいつ、その後すぐ辞めちゃったし) 左手で携帯電話を持ちながら、右手で画面をスライドさせ、また「雨宮」の写真を表示する。 働いているときに撮られたのか、スーツ姿だった。 「、、ありがと、ジェンのこと、覚えててくれて」 疲れと眠気に任せて目を閉じる。 両腕はドサ、と布団の上に下ろした。 (あいつ、今何してんだろ) 瞼はすぐに開かなくなって、規則正しい寝息が明るい部屋の中で聞こえ始めた。 「ん、、やべ、寝てた」 1時間程眠った後、手の上の携帯電話が震えて目が覚めた。 切り忘れた通知に、何だ?と画面を覗き込むと、LOOK/LOVEから「気になるボタン」が押されたと言う知らせが届いていた。 「またか、誰だよ」 長い前髪をグイ、とかき上げ、閉じそうになる目を何とか開いてうつ伏せに寝返りを打つと、芽依は画面を見つめる。 彼が使っている女性の写真は、これまた泰清の友人のものだった。 タッチパネルを操作してアプリを起動し、マイページに飛んで通知を見ると、それは眠る前に自己紹介ページを覗きに行った「雨宮」からの気になるボタンの通知だった。 「この人か、、」 あの気弱そうな人の良い笑顔が、画面に映っている。

ともだちにシェアしよう!