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第11話「余裕のない生活」
(ま、こう言うやつに限って裏で汚いことしてたり腹黒かったりすんだよな。ワンチャン狙いでヤリ捨てしてたりして)
しばらく悩んでから、芽依は雨宮に気になるボタンを押し返してしまった。
これまでも気弱そうな、そして優しそうな顔の男とやりとりした事は勿論あったが、彼らもまたどこか拗らせていて不気味なところが多かった。
こちらが持ち上げながら会話を合わせていると調子に乗って、「僕は花柄とか着る人より、無地のシンプルな短いスカートとかワンピースがが好きかな」「派手な下着より白がいいと思うよ」「茶髪はやめたら?黒髪がいいよ。清純派が1番いいよ!」等、聞いてもいない話しをしてきた奴もいる。
きっとこの「雨宮」も、そう言った類いだ。
自分よりも馬鹿そうな女だと認めた瞬間、上から目線で自分語りをして、何とかいやらしい会話に持ち込もうとする。
そう言う奴なのだろう。
気になるボタンを押し終わった芽依は、ベッドのそばにあるコンセントにさしっぱなしの充電器のケーブルを引き寄せ、携帯電話に差して立ち上がり、ふあ、と欠伸をしながら寝室を出た。
右手に曲がって進むと、玄関の手前で右側に風呂場のドアが現れる。
廊下を挟んで向かい側にはトイレのドアがあった。
(もう1時か、、明日は9時入り。風呂入って1時半、飯は、、うーん)
夕飯を食べずに帰ってきた芽依はすっかすかの胃袋を撫でるように腹筋を撫でた。
彼は見事に6つに割れた、ぎゅっと引き締まった腹をしている。
(何とか6時間寝てえけど、うーん)
これからやらなければならない事と時刻を頭の中で打ち合わせし、何とか睡眠時間を捻り出そうとしている。
芽依は寝不足にめっぽう弱いと言う弱点があり、何とか、ギリギリで6時間は寝たいと計算しているのだ。
(飯食うと、寝るの2時半とかになるな、、中谷が迎えに来るのが7時半って言ってたからそれより前に起きる、、んー、飯食わずに寝る?絶対寝れねえな)
どうあがいても6時間睡眠は無理そうだ。
ハア、と重たいため息をつき、ズボンとパンツを脱いで洗濯機に放り込み、付けていたネックレスを外して洗面台の真っ白な天板に乗せた。
(忙しいのは嬉しいけど、洗濯機回すヒマもねえ、)
スキャンダルの後、半年間の謹慎期間が設けられたときに急いで引っ越してきたこの家にこんなにいられないと言うのは初めてだ。
回せていた家事に手が回らなくなった。
洗濯物が溜まり、自炊しなくなって、コンビニ飯やデリバリーの利用が増えている。
(癒しがない)
癒しの代わりに始めた八つ当たりのようなネカマも、良いようで、悪い面も大きい。
芽依が抱え込んだ苛立ちは、いよいよ大きくなってきていた。
シャワーだけ浴びて脱衣所に戻り、芽依はガサガサと体を拭いてバスタオルも洗濯機に入れる。
小さめのタオルで頭を拭き終わると、荘次郎が最新式だと言って引っ越し祝いにくれたドライヤーで髪を乾かし、棚のカゴからパンツを出して履いて風呂場を後にした。
「ふあ、」
眠い。
やはり夕飯は抜いてしまおう。
欠伸が終わると寝室に入り、クローゼットからTシャツとスウェットのズボンを取り出して着込んだ。
風呂場から出たときに戸締りは確認した。
リビングの電気は消えている。
それを思い出してベッドに潜り込み、充電していた携帯電話に目覚ましをセットする為に手を伸ばした。
「あ、」
ホームボタンを押した芽依の動きが止まる。
LOOK/LOVEのアイコンに、通知のマークが付いているのが目に入ったのだ。
「、、、」
そっとアイコンを押してアプリを起動させると、雨宮からのメッセージが届いていた。
雨宮[こんにちは。返信ありがとうございます。よろしければ、お話ししませんか?]
(最初は低姿勢だよな)
慎重なメッセージにフン、と鼻を鳴らし、芽依は暗い寝室の中で明るく光る携帯電話の画面を見つめながら返事を打った。
MEI[初めまして。こんにちは。お話、是非したいです!]
それだけ打ち込んで通知を切ると、充電器をさしたままの携帯電話をボフ、とベッドの端に放った。
(あの記事、、)
真っ暗になった部屋の中。
落ち着ける自分のベッドの中で目を瞑ると、頭の中に蘇ったのは1ヶ月と少し前に見たあの週刊誌の記事だった。
嫌な記憶に、ドクンドクンと心臓が嫌な速さで動き始める。
(泥酔って、そんなに飲んでないのに、、いや、泰清がいるときは安心して飲んでるけど、でも、)
決して、アルコール依存症ではない筈だ。
芽依は深く息を吸って重たく吐き出し、寝返りを打って壁の方を向いた。
あの週刊誌には去年売られた自分と当時の恋人がベッドに入って裸で抱き合っている写真も載せられていた。これは2度目の掲載になる。
3年前、芽依は佐渡ジェンとのBrightesT解散の事で頭がいっぱいいっぱいになり、軽く鬱のような状態になっていた。
懸命に支えてくれた彼女と結婚しようと言う目標がやっと芽生え、それを支えに仕事への活力を取り戻したのが一昨年の終わり。
そんな折りの、裏切りだったのだ。
(何回思い出しても腹が立ってくる、、寝る前に思い出すべきじゃない)
もんもんと頭の中を回り始めた不満や怒りを振り払うようにまた寝返りを打ち、部屋の中を目だけでぐるりと見渡した。
真っ暗で何も見えない視界は、まるで自分のこれからの人生のようで、思わずまたため息をついた。
「勘弁してくれ、、本当、癒し欲しい。猫飼おうかな、、絶対世話できねえじゃん。やめよ」
夜は刻々と過ぎていく。
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