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第12話「優しい」

メッセージの交換から始まり、実際に会ってみるまで、最速で2日か3日、長くて2週間程だった。 けれど芽依が雨宮とやりとりを始めてから2週間を過ぎても、彼は一向に「会おう」とは言って来なかった。 (今までは全部向こうからだったのに) 本当にネットで恋愛をしているような、妙な気分を味わっている。 返信が来ないとドキドキするし、返信が来てもドキドキする。 それは、芽依が思っていたよりも、雨宮は実に丁寧で心遣いの出来る人間だったからだ。 雨宮[MEIさんが言ってた麗しのセイレーンやってみたよ。第3都市で死にかけたけど、僕は途中で出て来る人狼の女の子が可愛いなって思った] 「え、うそだろ、あれ途中から課金しないとマジで進めないのに、イルマが出るところまでやってくれたの!?」 こんな事がしょっちゅうだった。 「麗しのセイレーン」はずいぶん前から芽依がやっている携帯のゲームだが、途中からストーリーを進める為に課金して強力な武器を買わなければならない。 荒れていた時期にたくさん課金してしまい、このゲームの中での芽依のキャラクターは中々に強いものになっている。 しかし、芽依が進めて同じゲームを始めた周りは、課金し続けなければならないこのゲームを次々と辞めていってしまった。 それなのに。クソゲーなんて呼ばれているのに、それをわざわざ説明したのに。 雨宮はインストールして、課金すると分かっていてもわざわざやってくれていた。 (優し過ぎる、、こんなアプリ、辞めたらいいのに) ドラマの撮影の合間に、いつの間にか芽依は息が詰まる現場の息抜きに雨宮とやりとりをしている。 マイナーで誰も分からない映画の話しも聞いてくれた。向こうが教えてくれて見た映画はどれも世界観が良くて、雨宮が言っていた感想に十二分に共感できた。 自分も行った事があったバリや韓国の話しも、海や食べ物の話で盛り上がった。 (楽しくなってきちゃってるよなあ、俺) この人と、普通に友達になれないだろうか。 そんな事すら考えるようになってきていた。 「何してるの?」 「あ、魚角さん」 ドラマの撮影中、用意された演者用のベンチに座っていると、魚角久雄(うおずみひさお)と言う共演者から声が掛けられた。 今回のドラマメンバーの中では1番の大御所であり、65歳と歳も離れている。 若い頃は二枚目で多くの時代劇に出ていた。芽依は祖父の影響で小中学校時代に夕方になると時代劇を見ていた事もあり、魚角にはどこか懐かしさを覚えていた。 「僕さあ、携帯電話ってあんまり分からないんだよね。こないだ孫に、何だっけ。あの、連絡用の、なんて言うの?ソフト?やってよって言われて、分からなくてさあ」 隣のベンチに魚角が腰掛ける。 線香のようなにおいがフワリと香ってきた。 「ああ、あはは。メッセのやりとりのやつですよね?あれ、電話もできるし便利ですよ」 「そうなの?」 携帯電話を上着のポケットにしまおうとすると、そそくさと芽依のマネージャー・中谷春香(なかやはるか)が彼に近づき、右手をさっと出した。 「あ。ありがと、、顔見ながら電話できるのはご存知ですか?」 携帯電話を中谷に渡す。 「え?顔見ながら喋れるってこと?」 「そうですそうです」 実際に魚角の携帯電話を見ながら説明していくと、案外飲み込みの早い彼はすぐにカメラに映りながら電話をする方法を覚えてしまった。 白髪頭と顔に深く刻まれた皺は渋みがあり、若い頃と違った格好良さがある。 「僕、10代の頃、魚角さんの出てる時代劇見るの好きでした」 「え、そうなの?!何が良かった?」 「どれも好きでしたけど、あれですね、大江戸うつけ師範と、反撃刺客・勇之進」 「ええ〜!かなり前のじゃない、よく見てたね」 どれも再放送で見たものだったが、魚角は嬉しそうにその頃の撮影の話しをしてくれた。 主演のくせに撮影現場で浮いていると考えていた芽依は、やっと馴染める話し相手ができてホッとした。 そして何より、魚角が自分を気遣って話しかけてくれている事実に感謝もした。 (優しい人だなあ) 人の冷たさに触れ、裏切りに合うときも確かにある。 けれど同時に、こうやって自分の為に必死に仕事を取って来て支えてくれるマネージャーも、その仕事で出会える優しい人もいるのだな、とぼんやり思った。 (、、雨宮さんも、優しいよな) そして、彼の事が思い出された。 誰かの優しさに触れるたび、その裏に雨宮の影見える気がする。 思い出すと心臓が潰れそうになり、綺麗な水に、とぷん、と真っ黒な雫を一滴垂らされたように居心地が悪くなった。 (俺、、あの人のこと騙してんだな) 友達になんてなれる訳がない。 LOOK/LOVEは婚活、出会いの為のアプリであり、男女が知り合う為のものだ。 「女の子って言うのは嘘です。でも貴方と友達になりたいです」 そんな事を言って許されるようなものではない。 雨宮は、結婚相手を探しているのだから。 彼は紹介写真に写っている茶髪の巻き毛で口元に手を当て、その手の爪も綺麗にネイルして笑っている「MEI」が好きなのだから。 「、、、」 終わらせよう。 芽依はこのとき、そう思った。

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