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第13話「ブレない人間性」

MEI[雨宮さん、お会いしませんか?] 「、、そいやっ」 ぽち、と画面を押すと、ヒュコッと間抜けな音がして、そのメッセージは雨宮とやりとりをしているアプリのページに追加された。 (これで終わりだ。店の予約とかさせずに会う約束だけ。そしたら余計な金はかからねーし、うん。うん、その後にブロックしたら全部終わりだ) わざといつも通りの嫌がらせに転じたのには訳があった。 こう言う嫌な人間がいるのだと言う事を、人が良すぎる雨宮に知って欲しかったのだ。 ネカマとか、サクラとか、そう言うものがいる。 簡単に人を騙し、それを楽しむ人間や悪意があると言う事を。 芽依にとっての雨宮は、それくらいに人が良く、悪く言えばどこか抜けていた。 「学んでくれ、MEIから」 魚角のおかげで今日の撮影は気持ち良く終われた。 やはりコソコソと話すスタッフはいて、あからさまに芽依を避けている共演者もいる。 けれど雨宮との事を考えていたせいか、それもあまり気にならなかった。 午後23時50分。 サラリーマンとしか記載されていない雨宮の職業の内容は良く知らないが、いつもなら、そろそろ帰宅する為の電車に乗る時間だった。 「はあ、、楽しかったのになあ」 夕飯を終えて風呂から上がり、早めに現場が終わった事でやっと洗濯機が回せた。 あと15分程で洗い終わったら、全部浴室に干して乾燥機をかけて寝れば、明日の朝には洗濯物はギリギリ乾いているだろう。 本当は、乾燥機能付きの洗濯機に買い換えたい。 思わず出てしまった言葉に、ああやっぱりそうだよな、と肩をすくめた。 「雨宮さん良い人過ぎた。今回は罪悪感の方が重い」 いつもみたいな「拗らせたクソ人間代表」のような男なら、いつも通りテキトーに会話をして、もっと早く会う約束をして、フレンチが食べたいとかワガママを言って店の予約をさせ、当日の待ち合わせ時間ギリギリまで連絡を取り、プツン、とやりとりを終える。 アプリ内で相手をブロックして、それで、終わりだ。 そんな簡単な何も悩む事のないストレス発散方法だったのに、雨宮相手にはそうもいかなかった。 あまりにも誠実だ。 胸のサイズや好きな対位など聞かず、自撮りが欲しいとも言わず、逆に違う写真を要求したら自己紹介ページにない写真を送ってくれた。 相変わらず人の良い、気弱そうな笑顔の。 (話しも面白かったし、雨宮さん相手ならずっと喋ってたかったなあ。でも騙してるのに違いはないもんな。やっぱ、終わりにしよ) だからこそ、だった。 だからこそ自分のような悪意を持った輩もいるのだから、この経験を経て、少しずる賢い考えになって欲しかった。 ピロン 「オッ」 携帯電話の通知が鳴る。 ベッドに放っていたそれを手に取り、微かに指に力を入れながらタッチパネルに触れた。 洗濯機はあと10分で洗い終わる。 雨宮[MEIさんこんばんは。明後日なら仕事が早く終わります。夕飯食べつつ、いかがですか?] 「明後日か」 会うわけではない。 雨宮が都合の良い日ならどこでもよく、ましてや待ち合わせ場所に行かない芽依には関係がなかった。 MEI[明後日、大丈夫です] 雨宮[19時半に新宿駅の新しい改札の側でどうですか?ご飯食べたいもの教えて下さい。お店予約します] 拒絶するかと思いきや、雨宮は案外乗り気だった。 MEI[お会いしてから行くお店決めませんか?その日で食べたいもの変わっちゃうから!] 雨宮[そうしましょう!駅が混むかもしれないので、目印になるもの持ちませんか?] MEI[あ!そうですね!] それぞれかすみ草とピンク色のバラを買う事を約束して、明後日の19時半に新宿駅に集合となった。 目印にすると決めた持ち物は、どちらもMEIが好きな花、と言う事にしているものだ。 持ち帰る事になっても困らない、ちょっとしたプレゼントになるものにしたいと雨宮が言ったのだ。 こんなときまでこちらを優先させるとは、と芽依は半ば呆れた。 そこからはまた元のゲームや映画の話に戻り、いつも通りだらだらと会話が続く。 (雨宮さんにとってのストレス発散方法って何だろ) 自分はこんな事をしているが、ストレスの多そうな職場でもへらへらしている雨宮とはどう言う人間なのだろうかと、試しに芽依は彼へそんな質問をぶつける事にする。 MEI[雨宮さんて、ストレス溜まったときどうしてますか?] こんなに人が良いのだから、もしかしたら芸能人のSNSへアンチ的な書き込みをするとか、誰もいなくなった会社のオフィスで上司の席にいたずらするとか、そう言った悪質な返事が返ってくる気もした。 洗濯機が止まるまであと5分。 ピロン 返事はすぐに返って来た。 雨宮[食べたいお惣菜買ってきて全部タッパーに移して、サランラップかけます。サランラップをシャッて綺麗に切るとスッキリするんですよね〜] 「平和かよ!!」 メッセージを読み終わり、クックックッと笑いが漏れる。 ああ、やっぱり友達になりたかった。 そんな惨めな事をもう一度だけ考えてしまった。 ピーピーピー、と、洗濯が終わった音がした。

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