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第14話「ブロック」
「はは、またやったんだ」
明後日。
会う約束を取り付けてから2日後、約束の当日。
ギリギリまで連絡をするのはいつも通りで、芽依は雨宮とのメッセージを見て笑いを漏らした。
撮影は好調に進んでいる。
今日は出演者のスケジュールが合わせにくかった事もあり撮れるシーンが少ない。
久々に21時前には撮影が終わるだろうと監督達も飲みに行く話をしていて、スタッフ達も嬉しそうに忙しなく動いていた。
芽依は「レベルアップしました」と例のゲーム画面の画像付きで来た雨宮からのメッセージに、タバコを吸いながら返事を打ち込んでいる。
MEI[そろそろボス戦ですね。悪魔の盾がないと厳しいですよ。買いましたか?」
ちょうど昼休憩だった。
雨宮も昼休憩なのだろう、お互いにひょいひょいと返事を送り合っている。
雨宮[買ってません!課金してきます]
MEI[貯金全部使っちゃダメですよ]
雨宮[MEIさんも!]
「ふはっ、確かに」
それに返事を送ってから、芽依はポケットに携帯電話を滑り込ませる。
喫煙ブースは撮影スタジオの外で、演者が周りから見えないように背の高い衝立てで囲まれている。
(あーあ、これ、今日で終わるんだなあ)
ふう、と煙を吐き出して、流れていく白い靄を目で追った。
今日の19時半に新宿駅に集合。
そんな約束をしているが、芽依にとってこの約束はあってないもの。破る為にある。
雨宮に懐いてしまった自分がいる分、彼を裏切る行為に罪悪感が湧き、また自己嫌悪も引き起こしていた。
「、、、」
「メイくん」
「っ、魚角さん」
娘ができたときにタバコはやめた、と言っていた魚角が、喫煙所の衝立の間からひょこっと顔を出した。
芽依は慌ててタバコを消し、ライターとタバコの箱を上着のポケットにしまう。
「あ、吸ってて良いのに。僕、副流煙楽しむから」
「そんなこと言わないでくださいよ、、どうかしましたか?」
「うん。あのね、子役の子の親御さんが僕のファンだったらしくて、わざわざ好物の卵サンド買ってきてくれたの。童屋って知らない?」
「高級料亭ですよね、、」
「そう。高いから僕あんまり買わないのに持ってきてくれたの。食べない?甘いの平気だっけ?」
「大丈夫です。いただきます」
「うん」
魚角はどこかでナレーションの仕事もこなしている程に声がいい。
低く落ち着いた声はやっぱり懐かしく思えて、弱ったように笑いながら芽依は彼に続いて喫煙所を出た。
空は晴れている。
(、、俺は今楽しいし、撮影も早く終わるのに、雨宮さんには嫌な想いをさせるんだな)
澄み渡った空は、逆に憎たらしく思えた。
19時半丁度に、撮影現場は30分の休憩が入った。
(メッセ、来てるな)
雨宮[着きました。かすみ草持ってます]
これでアプリをブロックしたら、ここ1ヶ月に及ぶ嫌がらせに終わりが来るのだ。
配られた弁当に口をつける余裕もなく、芽依は控え室で真剣な顔をして携帯電話を見つめていた。
「食べないんすか?」
向かいの席にいたヒロイン役の女優が、唐揚げを頬張りながら彼の顔を覗き込む。
「ん?んー、、食欲ないんだよね」
困ったようにニコ、と笑って返す。
「ふーん」と言って彼女も目の前で携帯電話を見始めた。
魚角は監督や演出家と共に夕飯を食べているらしく、狭いスタジオの中で用意された演者控え室にはひとつだけで、中には彼と彼女の2人しかいない。
嫌われているのか、このヒロイン役は芽依にあまり近寄って来ない演者の内の1人だった。
(ブロックしないと、、ブロック)
そんな事を考えながら、芽依は今までかわしてきたメッセージを1番最初まで戻り、ひとつひとつ丁寧に読んでいく。
足跡ボタンから始まったやりとり。
軽めの自己紹介と、好きな食べ物の話し。
自分、「竹内メイ」の話しは雨宮にはしなかった。
それよりも先に始まった映画やゲームの話しに引き込まれて、自分に対しての評価を聞く事を忘れてしまっていた。
(楽しかったな)
どこを思い出しても楽しい思い出ばかりなのだ。
雨宮の受け答えの丁寧さにはいつでもMEIへの期待や愛情が滲んでいる。
「竹内さん、食べないなら唐揚げください」
「開けて食べて」
芽依が抱えている問題なんて気付くわけもなく、向かい側のヒロインは容赦なく彼の弁当の唐揚げを狙った。
芽依は彼女を見もせずに、視界の端にあったテーブルの上の自分の弁当をズリズリと彼女のいる方へと押し出す。
視線はずっと携帯電話の画面にあった。
「、、、彼女さんっすか?」
タブーな会話のように思えた。
しかし今は、どうでもいいように思えた。
「、、そんな感じ」
読み返していく作業は止まらなくなってしまい、芽依は携帯電話から目が離せず、目の前で彼をじっと見ながら彼の分の唐揚げを次々に食べていく女優には気が付いていない。
(ブロック、しないと)
けれどとうとう30分が過ぎても、ブロックボタンは押せなかった。
コンコン ガチャ
「失礼します。竹内さん、松本さん、撮影始まります!」
「うあっ!はい!歯磨きだけさせて下さい!」
ドアを開けて顔を覗かせた全身黒づくめのスタッフにヒロイン役は慌てて身支度を始める。
衣装はそのまま着ていて、何も食べていない芽依はドアが叩かれる音に驚いてビクッとしてから、急いで携帯電話をポケットに滑り込ませて席を立った。
(まずい、ブロックできなかった)
そう思いながらも、経ってしまった30分の中で読んでいた雨宮とのメッセージの内容がぐるぐると頭の中を回る。
今日撮影する分の最後のシーンが始まった。
時刻は20時ちょうど。
待ち合わせ時間は、とうに30分過ぎていた。
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