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第17話「想いのすれ違い」

「え、っと」 その顔は、絶望した、と物語っていた。 「ん、、、ん?」 事態を飲み込めず、雨宮はその顔をキープしたまま思考を巡らせているようだった。 芽依は彼を見下ろしながら、密かに奥歯を噛み締め、手のひらに爪が食い込むくらい、拳を握り締めていた。 (そうだよな) 「なーんだ!男の子だったんだね!」。なんて言葉で受け入れられるものではない。 雨宮は優しくて、人が良くて、それでいて人間の悪意なんていちいち考えないような男の筈だ。 想定外の事態に対して明るく取り繕えるような、万能な精神もきっとない。 「お、、おと、こ?」 彼が持っていたかすみ草の白い花束が、重力に逆らう事なくパサ、と地面に落ちた。 (そうだよな、、そうに決まってる、受け入れられないよな、こんな最低なことする俺なんて、、!!) 出来る事なら、友達になりたかった。 「そうだよ。ざーんねーん」 ガッ、ガッ、と重たい音を立てて雨宮に近づき、悪びれた芽依はニッと口角を吊り上げて笑う。 (もう、忘れて、雨宮さん) 白いブーツに落ちる視線は、そこから這い上がって芽依の手に持たれたピンク色のバラを見つけた。 「うそ、嘘だ、め、メイさん、、」 「そんな女いねーよ」 「ええッ」 謝ってもどうなると言うのだろうか。 あからさまに肩を落とし、現実に向き合えないでいる雨宮に、芽依は悪役を買って出ようと決めて胸を張った。 いや、初めから、この2人の間での悪役なんて、芽依以外にはいないのだが。 「MEIは俺。アンタ騙されてたんだよ、お疲れさん」 「そ、んな、」 「ワンチャン、ヤレるって思ってきたんだろ?」 「え、、?」 新宿駅の新しくできた改札を出て、1番近いカフェまでの道の途中。 街路樹を囲うタイルが張り巡らされた枠に腰掛けてMEIを待っていた雨宮に、芽依はキツく、辛く、やたらと攻撃的に侮辱するようにその言葉を吐いた。 「すぐヤレる女だと思ってきたんだろ」 こんな最低な人間に、2度と雨宮が騙されないように。 どうせこんなに最低な人間なら、せめて「最低な人間に騙されていた」と、お人好しな雨宮が芽依を素直に恨み、憎めるように。 芽依は精一杯憎たらしく、その役を演じる事にした。 「ヤレる、、」 絶望した顔のまま、雨宮はポツリとそう零した。 芽依は胸の痛みに必死に耐えながら、雨宮を睨み付ける。 怒鳴って、あたって、ふざけるなと言ってほしい。そうして、自分が彼を傷つけた分の仕返しをして、この場からいなくなって欲しかった。 悪役の自分を充分に懲らしめて。 けれど見つめる先の雨宮は、何故だかぼたぼたと涙を流し始めていた。 (泣いてる!?) 突然の涙にギョッとしながら雨宮を見下ろし、芽依は何も言えずに口をパクパクと空振りさせる。 正面の街灯の灯りを芽依の背中で遮っていても、至る所にある街中の灯りは、その涙をキラキラと輝かせていた。 「やっ、、ヤレるとか、そう言うんじゃなくて、」 雨宮はゴシゴシと何度もスーツの袖で涙を拭いているが、ぽつぽつと小さく口を開き、段々と芽依に対して芽生えて来た怒りを言葉にしているようだった。 「ヤリたいとかじゃなくて、本当にッ、お、お金、貯めてッ、好きな子と、ぉ、おいしいもん食ったり、したいじゃんかあッ」 そう叫んだ瞬間、先程よりも多く、瞳から涙を溢れさせていく。 「え、なに、め、飯?」 「死ね」「最低野郎」「クズ」「カス」「2度と顔を見せるな」「ネカマ変態野郎」。 あらゆる悪口に備えていた芽依は、あまりにも純粋な言い返しに面くらい、思わずそう聞き返していた。 「男だからッ、デート代は全部出したいし、たまに、サプライズでプレゼントとか渡したいし、そのッ、っゔ、、その為に金稼ぎたいなって、喜ぶ顔が見たいなってッ思うだろ普通ッ!!」 「はあ??」 立ち上がった雨宮はぼろぼろに泣いたまま、足元に落としていた花束を拾い上げる。 (だから、そう言うのを叶えて欲しいから!もう俺みたいなクズに騙されないでって言ってんだよ!!) 「何言ってんのアンタ、キモ」 あくまで悪役になり切る芽依は、言いたい言葉を飲み込んで、気取った風に鼻をフン、と鳴らした。

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