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第18話「掴めなかった袖」

「知らねーよ若者の考えなんかッ!!」 「うわッ!」 バシッと花束が芽依の胸元に投げつけられる。 軽めに当たってまたコンクリートの上に落ちると、小さな白い花が少しだけ地面に散らばってしまった。 (あっ、) 自分の為に買ってくれたそれが散ってしまって、一瞬、芽依は怯む。 たかが花だと言うのに、それはとても大切なもののように思えたのだ。 「お前が思ってるみたいな最低な男じゃなくて悪かったなあ!!ピュア街道まっしぐらだよクソボケ!!そりゃ若くて綺麗な子だなってはしゃいでたよ!!歳上ぶってたくさん色んな所連れてっていっぱい甘やかして早く結婚したいって思ってたよ!!悪いかよ!!クソみたいな会社で働いてるとなあ!!風俗行っても安らげねえんだよ!!疲れて勃たねえんだよ!!普通に恋して彼女作って彼女に貢ぎたかったんだよ!!」 あまりにも大きな想いを抱えたその言葉達に、芽依は脳を掴まれて激しく揺さぶられたような衝撃を受けた。 (優しすぎ、なに考えてんの、この人) どこまで人が良いんだろう。 どこまでも優しいのだろうか。 芽依は胸に突き刺さったたくさんの言葉すら、大事にしたかったと思った。 作り上げたにしろ、それはMEIである芽依に対しての「したあげたかったこと」なのだ。 (俺だって、叶うなら、普通に友達になりたかったよ、普通に謝って友達になれるなら、アンタと、) 身体中のどこもかしこもが痛くて、彼は小さく震えていた。 「け、警察呼んだ方がいいかな?」 「呼ぶ?修羅場?邪魔しない方がいい?」 けれどいくら人通りの少ない通りでも、雨宮の叫び声に周りの人間達が足を止め、ヒソヒソと話し始めるのがハッキリと聞こえた。 (まずい、バレたら中谷に迷惑がかかる!!) 「騒ぐなよ!クソッ、人が集まってきたじゃねーか!」 こんな所ではなく、もっと落ち着ける場所にまず連れて行くべきだった。 芽依はそう考えたが、もう遅い。 雨宮の叫びは止まる事なく、周りの人間達に気を取られた芽依の意識を再び自分に向ける為、恥なんて知らんと声を荒げた。 「お前もっとまともな恋愛しろよ!!」 「ッ、、ああ!?」 芽依は顔を歪めた。 どうやって。この汚い芸能界で、どうやってそんな恋愛を見つければいいんだ。 (自分だって、アプリで女漁るしかできないくせに!) 裏切られたたくさんの記憶が脳内に呼び起こされ、頭の中に自分を売った女の顔や、あの銀色の美しい髪の後ろ姿が思い出されて、苦しくて、悔しくて、どうしようもなくて、芽依は立ち上がっても小柄な目の前の男を睨み付けた。 「もっとちゃんと人のこと好きになってみろよ!!世界が変わるから!!こんなことする必要なくなるから!!」 その言葉は、やはり芽依の胸に大き過ぎる程の鋭い刃を差し込んだ。 「ッ、」 どうしてそんなに綺麗な言葉が自分の胸には刺さるのだろう。 ぼたぼたと垂れていく血は、真っ黒でヘドロのような匂いがして、汚い。 「なに言って、」 下唇を噛み、言葉を切った。 (やっぱり友達になりたい。ちゃんと謝って、ごめんって言ったら、友達、、なれないかなあ) 泣き止んだ彼と違い、泣きそうなのは芽依の方だった。 こんな馬鹿な真似はもうやめる。雨宮が気付かせてくれたほんの少しずつ自分に優しい世界を、やっと見ていられるようになったからだ。 何でも人のせいにして逃げ回って、裏切られたからと言って人に当たり散らし、諦める事しかできなかった頃の芽依とはもう違っていた。 彼が吐く言葉は確かに芽依を傷付けるが、それでも悪意まみれの戯言ではない。 芽依がどんな事をして、どんな世界にいて、それがどれだけ下らないかを言っている。 その世界が下らないと言っていて、芽依を卑下するものではない。 (優しくすんなよ!!こんな時まで!!) 「じゃあな!」 「あ、待て!!」 鞄を持ち上げて駅へ向かって歩き出したその後ろ姿に、思わず芽依は手を伸ばした。 (ごめんって言わせて、俺のこと、嫌いなままでいいから!!) いつか自分を思い出したとき、そんな奴もいたな、と笑ってもらえるだけでも、芽依にとっては救いに思えたのだ。 あと数ミリでスーツの袖を掴まえられる。 (せめて、謝らせて、雨宮さん!!) その瞬間に、後ろからボソ、と声が聞こえた。 「ねえ、この声どこかで聞いたことない?」 「ッ!」 雨宮の背中を睨んで、芽依は自分の手を引いた。 ここで竹内メイだとバレれば、また事務所や中谷に迷惑が掛かる。 「クソ、!」 地面に落ちたかすみ草の花束を拾い上げ、もう一度目深にフードを手繰り寄せると、ポケットの中のマスクを付けた。 そうして名残惜しくも、急いで駅とは逆の方向へ走って逃げて行った。

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