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第19話「諦めた現実」

「メイくんさあ、頼むよ。そこ棒読み過ぎない?どうにもならないの?」 「っ、、すみません」 「表情も硬いよ。リラックス!んー、、はあ。1回休憩入れよう」 「あ、、皆さんすみません!!」 バッ、と頭を下げた。 誰に対してかと言うと、その場にいるスタッフや演者、それぞれのマネージャー達、怒鳴っていた監督、全員にだ。 耳の後ろの血流がうるさく思えて、掻き消すように芽依は大きく溜息をついた。 「はあ、、」 芽依が雨宮と生身の人間同士で顔を合わせてから、1週間が経っていた。 どうしても彼にひと言謝りたかった芽依は、アプリLOOK/LOVEで雨宮にブロックされると、違うアカウントを作ってまた彼に「気になる」ボタンを押す日々を送っていた。 勿論、LOOK/LOVEを雨宮が見ていない可能性もあるからと、他の婚活アプリも全てインストールして雨宮を見つけ出し、そのたびに気になるボタンのようなアプローチの為の機能を彼に仕掛けている。 登録名は全て、「MEI」にしていた。 (ダメだ。この世の全部が上手くいかない) 雨宮に散々に言われたあの日から、芽依の演技はぐずぐずに崩れてしまっていた。 どんなに気持ちを入れ替えても頭の中には雨宮に言われた言葉が響き渡り、台詞を飛ばしたり、感情が上手く乗らない事が相次いだ。 誤魔化し誤魔化しにやっていても、どうしても、自分が酷く哀れで無力な人間に思えて仕方がなかったのだ。 「たっけうっちさーん!!」 「うおっ、びっくりした。遥香ちゃん、、」 「僕たちはまだ人間のまま」は結城一三(ゆうきかずみ)と言う小説家の本が原作のドラマだ。 良家の令嬢と幼馴染みの男が周りにバレないように恋を育むが、ある日令嬢に許嫁ができてしまう。諦めずに結婚しようと約束するも、途中で父親に逢引きがバレ、2人は引き離されてしまい、それから6年の時が流れる。 会社で再会した2人は、令嬢の許嫁や新たな恋のライバル、2人を支える良き友人達を巻き込んで再びお互いを見つめ合い、6年前に交わした約束を叶える為に奮闘する、と言う、現代社会に古風な許嫁や家柄と言う壁を持ち込んだ、そんな話しだった。 そして今日は最後に、1話目の高校生の2人が父親に引き離されてしまうシーンを撮影する。 1話の他のシーンと2話、3話目まではもう撮り終えており、魚角の都合で撮れなかったこのシーンだけを今日撮影する予定に急遽ねじ込んだのだ。 芽依は主人公の悠太郎役。 魚角は令嬢の父親、総悟役。 令嬢・湖糸役は、最近売れている人気急上昇の若手女優・松本遥香が演じている。 ちなみに好物は唐揚げだ。 「どんまいッスよ!楽しくやりましょうよ、楽しく!」 「あー、遥香ちゃん。ありがとね」 「遥香ちゃん。このシーン楽しくはやっちゃダメだよ」 気を遣って明るく話しかけに来てくれた松本に、魚住が笑いながら注意をする。 「そーでした!テヘ!」 衣装である振袖姿で、松本が目の横にピースを決めた。 「あはは。何しても可愛い」 「マジっすか!?超嬉しい!あ、はるりーん!マネージャー業お疲れ様ッス!」 「お疲れ様です、遥香さん」 松本は同じ演者やスタッフ達からも好感度が高く印象が良い。 現に今、芽依のマネージャーで同じ名前である中谷にもちょっかいを出している。 スキャンダルや問題行動も起こしたことがなく、分け隔てなく下手くそな敬語を使う事で愛嬌を振りまくムードメーカーだった。 彼女自身のマネージャーから言われてそれなりに芽依と距離を取ってきたようだが、それも最近面倒になったのか、ぐいぐい話しかけに来てくれている。 困った事は、彼女の演技力の高さだった。 何をやらせても自然体であり、デビュー作は有名な監督のシリアスな戦争映画だったが、難なく役をこなして注目を浴びていた。 歳下であるが、既に芽依よりも大物なのだ。 「ごめんね、遥香ちゃん。魚角さんも、ご迷惑掛けてすみません」 「それでも僕は湖糸さんを諦めません」と言う最後の台詞に、どうしても芽依は気持ちが入らずに何度も撮り直しをさせてしまっていた。 「いやいや、気持ちなんか入らないっすよね。こんな難しい恋、現代じゃしないし」 「ははは。面白いこと言うね」 「僕は前にこう言う台詞言うときアレだったよ。夕飯の後に楽しみに取っておいた高いアイスを娘に食べられたときのことを思い出してた」 「あははははっ!魚角さんアイスお好きなんすか!」 「好きだよ〜。僕、甘いもの大好き」 そう言えば令嬢の許嫁役を演じている俳優が差し入れで持ってきたプリンやたい焼きを嬉しそうに食べていたな、と芽依はたい焼きを頬張る魚角の姿を思い出した。 頭を切り替え、2人が和やかに話す中、芽依は真剣にアドバイスについて考える。 自分の中の諦められない何かに置き換えて台詞を言え、と言う事なのだ。 芽依にとっての諦められないもの。 それを必死に探す。 (ダメだ、そんなものない。全部諦め切って来た) 頭に浮かんだのはジェンの染め上げた銀色の髪だった。 諦めたくないと言おうとしていたのに、わざとそれを言わせないようにしたのか、彼は忽然と何の前触れもなく自分の前から姿を消してしまった。 次に浮かんだのは本気で結婚まで考えていた彼女の事だ。 しかし彼女は逆に諦めのつくような別れ方になってしまった為、やはり何が何でも欲しいものではない。 (俺の人生って、味気ないな) 最後に浮かんだのは、あの人の良い笑顔だった。 (あの人も、振り向いてはくれないだろうし) そんな気持ちが胸を締めて、また耳の後ろの血流がうるさくなった。 自分が必死になれる相手がいないように、また、周りの誰も自分に必死になってくれはしないのだと何故か被害妄想を始めてしまう。 (何で生きてんだろ) 涙が出そうだった。 (こんな仕事いらねえよ。余計なもん取って来やがって) 彼はまたあたる事しかできず、ジロリと中谷を睨む。 彼女は松本と楽しそうに会話しながら、食べろと勧められたテーブルの上のお菓子を口に入れたところだった。 (みんな楽しそうに生きて、俺だけ楽しくない。つまんねえ、気持ち悪い、もうやめたい、もう、) 「魚角さん、メイくん、遥香ちゃん」 芽依がズルズルと嫌な方向に考え事をしていると、手をヒラヒラと振りながら、先程まで機嫌の悪かった監督が近づいて来た。 「今日はもー、やめにしよう。日程を調整するから」 「えっ、」 芽依が俯いていた顔をバッとあげると、監督は一瞬ギロリと彼を睨み、すぐに貼り付けたような笑みを浮かべ直した。 急なスケジュール変更は、明らかに自分のせいだった。 芽依は下唇を噛み、表情を歪ませる。 悔しくて腹が立って、情けなくて恥ずかしい。 デビュー作の映画以来、演技が上手いと評判だった筈の自分が、明らかに現場の足を引っ張っていた。 「メイくんきっと今日はもー、ダメだよ。ね。また今度にしよう。ちょっと、どこでこのシーンやるかは考えるから」 お情けでポンポン、と背中を叩かれる。 そんな監督の行動にすら、感謝ではなく苛立ちが湧いた。 (もう、、、もう死にたい、!!死んでやる、こんなドラマ潰してやる!!) 何もかも上手くいかない。 これは一体誰のせいだ。 とにかく人のせいにしたくて、芽依は必死に頭の中を回転させた。

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