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第24話「1人じゃない人生」
《追い付かれるのが怖くもあるけど、あいつが頑張ってた分が返ってくるのは俺も嬉しいんだよなあ》
「、、、」
中谷だって、社長だって、ドラマの出演が決まったときは泣いて喜んでくれた。
撮影中、「無理はダメ」と何度か中谷の家に呼ばれて遅い時間にも関わらず夕飯を作ってもらった日が何度もあった。
(誰も優しくないとか、誰にも求められてないとか思ってたけど、だったらあの人達のあれは、何になるんだろう)
芽依は嫌な面しか見ていなかった。
視野が狭くて、受け取れる好意や幸せを見逃していた。
ただそれだけで捻くれて、拗ねて、疲れたと泣き叫んでいただけのような気がして、彼の胸の中は今、嵐のように激しく蠢いている。
(少なくとも、社長や中谷は俺を捨てないでくれたし、泰清も荘次郎もこの1年、どんな時間でも飲みに付き合ってくれた。家族だってスキャンダルのことに触れないように違う話題ばっかり出してやたらと元気付けてくれてたんだ)
芽依の中で何かが起きている。
見ないようにしてきたような、確実に見えていなかったようなそれが、やっと形が分かるほど近くに寄ってきていた。
《うん。話し変わるけど、君のスキャンダル、俺覚えてるよ。でも、男からするとやっちゃったな〜!くらいのもんだったよ。不倫とかじゃないし。人気商売なのは分かるけど、気にしない人間もいるよ》
その言葉は救いに感じた。
自分の人生において、根深く暗い、汚点になっていたからだ。
《無責任に頑張れとは言えないけど、君が頑張ってる姿をどこかで見ていて認めてくれる人は絶対いるから、まあその、あんまり無理しないでね》
「っ、、」
皆んな言ってくれていた言葉だと言うのに、赤の他人に言われてやっと、芽依にはその言葉の意味が理解できた。
(無理してだんだ、俺)
頼れば良かった。
休憩が欲しかったらそう言えば良かった。
芽依は、自分を責めて自分を攻撃してばかりで周りの優しさに気がつく事も、周りに優しくすることも忘れてしまっていた自分にやっと気がついた。
自分だけが不幸なのではない。
自分だけが可哀想なのではない。
皆んなが悲しかったり辛かった事を彼に話せる程、彼に余裕がなかっただけだ。
(そんなにこの人生は可哀想なのかな)
ふと、死のうとしている自分の足元を見て、そんな事を思った。
《俺もねー、けっこうメンタルやられてるよ。会社にクソみたいな上司がいてさあ、》
そこから先の雨宮の話しは、この1ヶ月で一度も聞いた事がないものだった。
へらへらと話す彼と違って、内容は中々に重い。
鬼みたいなパワハラ上司。半年前、自分も浮気されていた上にプロポーズを断られ、必死に彼女を探していること。今田と言う後輩の話し。自分と違って結婚して、一軒家を建てようとしている同期の駒井と言う男の話し。
(何でこの人笑ってんだろ)
自分を元気づける為だと言うならお人好しもいい加減にして欲しい。
ただもう楽しくなってしまってると言うならサイコパスだ。
(俺だけじゃないんだなあ、辛いのは)
雨宮は一貫して自分の身に起こった事はありふれた話しなのだと漏らして、全てを穏やかに語って終わりにした。
どうしてMEIにこの話しをしなかったのだろうかと考えたが、雨宮の事だ。
話しても面白くないとこちらを気遣っていたのだろうと思った。
《あとは聞かせたことあるなあ、、行ったことある外国の話しとか、ゲームの話しとかしかないや》
それは確かに聞いた事があった。
雨宮がMEIに話したものだったし、何より芽依が雨宮としてきたこの1ヶ月の中の何よりも楽しかった時間の事だからだ。
「、、、」
(こんなお人好しが、俺以外に騙されずにこの世で生きていくなんてきっと無理だ)
芽依は眼下に広がる夜景を眺めてそんな事を考えた。
(優し過ぎる)
自分よりも生活力のある大人で社会人。
その面ももちろん雨宮と言う人間の本物だろうけれど、この気の抜けたお人好しの、危害を加えてきた人間にすら優しく声を掛けてしまう雨宮の方がきっと彼の自然な顔なのだ。
(俺の人生は捨てたもんでもないかもしんない。このタイミングでこの人と知り合えたし、今日の、この時間に電話ができて、元気もらっちゃった)
下唇を噛んだ。
この期に及んで、とも思ったが、自分が止められなくなっている。
(ダメだ)
脚は震えが止まっていて、芽依はその場にスッと立ち上がった。
風は止んでいる。
何処かでクラクションの鳴らされる音がした。
「雨宮さんて、本当にいい人っすね」
芽依は死ぬ事をやめた。
活力が湧いてしまった。
このまま芸能界から逃げて、起こしたスキャンダルから逃げて、捨てられた事実から逃げて、中谷や泰清達から逃げて、ジェンから逃げて、そして死んでも。
明日のニュースが自分の話題で持ちきりになっても、新聞の表紙を飾れても、週刊誌に載っても、追悼式典なんかやられても。
自分の晴れないこの気持ちは、ずっとずっと晴れないままで、きっと、雨宮が嫌な想いをする。
このお人好しは、「竹内メイ」が気に入らなくても、最後に電話したのが自分だと知ったらきっとその死を悲しみ罪悪感すら覚える程、お人好しだから。
《ははは、ありがと〜。人が良いのが取り柄でーす》
もう1時間近く通話していた。
「雨宮さん、本当にごめんね。こないだのと言うか、アプリのこと」
《ん?んー、もういいよ。俳優の竹内メイと話せるのなんか一生に一度じゃん。こちらこそ、貴重な時間をありがとう》
少し皮肉にそんな事を言って、電話の向こうで雨宮が笑った。
ゴツ
60センチ程の幅のマンションの屋上をぐるりと囲ったフチから飛び降りると、ブーツの底は重たい音で歓喜した。
「俺さ、今さっきまで死のうとしてたんだ」
《は???》
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