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第34話「酔っ払いが思うには」
「芽依くんは強そうだな」
《そこまでじゃないかもしんない。飲むの好きだけどね!美味いし!》
「何飲む?」
《大体何でも飲めるよー。難しいカクテルとかは知らんけど、ビールもウィスキーもワインも日本酒も。甘いのも飲める》
「んー、無敵じゃん」
《ふふ、何それ。あ、俺ね、酒じゃないけど紅茶とコーヒーは飲めない》
「あははは!お子ちゃま舌だな」
《ひど!》
「あ。そう言えば、会社の先輩が奥さんが出てっちゃってて、酔っ払いながら泣いてた」
《え、可哀想じゃん!何で出てったの?》
「パチンコのし過ぎ」
何でもない会話をしている。
《うわー、それはその人が悪いわ》
まるで友達じゃないか、と思いながら、鷹夜は天井を見つめた。
(なんか落ち着く、こう言う話し。気遣わなくていいし。こんなゆるゆる話してもいいんだなー。芽依くんがめっちゃ雰囲気緩いからか)
まどろみの心地よさと芽依の放つゆるゆるとした空気感にやられて、鷹夜は目を閉じ、電話の向こうの彼の声を聞いている。
《あとはなんか面白いことあった?》
終始、芽依は楽しそうだった。
「んー、、あ、ロシアンたこ焼き食べた」
《合コンかよ!》
「ふはっ!後輩がさ、当たって。わさびめっちゃ入ってるのだったからその子も泣いたな、今日。奥さん出てった先輩より号泣してた」
《うはははは!いいな〜!賑やかじゃん。何人で行ったの?会社の人達ってみーんな仲良いの?》
彼の声は覚えやすい。
声優もやればいいのに、と思う程、低くて落ち着いた音域の声だ。
(芽依くんの声、低くてカッコいいなあ。やっぱ竹内メイの声だよなあ、これ。声までエロいの凄いな)
「存在に顔射(感謝)する」と謳われる俳優である竹内メイ。
確か人気絶頂期に出した写真集は肌見せも多く、50万部越えの大ヒットだったとネットで掘り出した記事で読んだ。
肉体美が凄まじく、生まれ持った垂れ目つり眉は甘ったるくも怪しく妖艶な雰囲気を放ち、仕草、所作の美しさのあまりに動画で見る妊娠すると言われていた。
しかしリアクションの馬鹿正直な面や、馬鹿ではあるものの分からない事は深いところまで調べて勉強する姿勢は可愛くて健気で推せると、セクシーさだけが持ち味でもない。
190センチ超えの長身と美貌で売れているのに、容赦なくテレビに変顔を晒し、街中で会ったときのファンサの丁寧さも人気を呼んで、男性ファンも多かった筈だ。
(もし本物なら、凄い人と電話してるなあ)
まどろみの中、そんな事を思った。
(でも本物じゃなくてもいいんだよなあ。まだちょっと警戒しちゃうけど、話してる分には癒し系だし、竹内メイじゃなくても、何か、)
《あれ?聞いてる?鷹夜くん?おーい!》
急に話さなくなった鷹夜を心配した芽依は、焦ったような声を出す。
それを聞いてまたふふ、と笑うと、鷹夜は眠気に飲まれた小さくとろんとした声で返事をした。
「こういうときに、楽しかった、気分が良かったんだって話す相手がいるの、いいね」
声は無防備で、嬉しそうだった。
《っ、》
電話の向こうの芽依がその言葉に心臓を跳ねさせたのも知らず、鷹夜はゆっくりと睡魔を受け入れて眠りに落ちていく。
《それ、俺、、何となく分かる》
「んっ?、、ん、そっか」
もうほぼ聞こえていない芽依の声に返事を返すと、鷹夜はストン、と意識を手放した。
「、、え?あれ?寝息聞こえるんだけど!?ねえ!鷹夜くん寝た!?」
好調に撮影を終えて自宅に帰ってきた芽依は、コンビニで買ってきた温かいカフェオレを飲みながらパソコンでSNSを更新していた。
明日どうせ会うのだが、その前に迎えにいく場所の確認がしたい。
それから、鷹夜と何となく話したくなって電話を掛けたのが30分程前の話だ。
「ひと言言ってよぉ、、ホントに寝ちゃったー?明日どこに迎えに行こ?まあ、いっか。明日聞けば」
カタカタ、と携帯電話の通話を繋げたまま、芽依はパソコンでさらさらと文章を打っていく。
鷹夜と同じで通話はスピーカーモードに設定しており、鷹夜の小さな寝息がスースーと聞こえてきている。
「また寝ちゃったんだね〜、、てか、本当に落ち着くな、鷹夜くんの寝息」
変態じみた事を感じているのも言っているのも承知しているが、実際問題、この音が物凄く落ち着く。
家に帰ってきたんだなあ。
今日の仕事は終わったんだなあ。
そんな感じに、鷹夜の寝息は芽依の胸に安心感を与えてくれていた。
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