33 / 142

第33話「気が合わない訳じゃない」

部屋に着くと、もう風呂に入るのは面倒になっていた。 「うぅ〜、ふらふらする。久々に飲んだあ」 アルコールは3杯しか飲んでいないのだが、鷹夜からすれば居酒屋の薄められたアルコール3杯でも充分飲んだ方だ。 未だに抜けない酒気を纏ったまま、鷹夜はボフン、とベッドに倒れ込み、酒臭い息を存分に吐き出した。 「あぁ〜、気持ちいい」 全身から力を抜くと、関節がスッと外れていくようで気持ちがいい。 実際に外れたら痛いのだが。 「や、着替えよ。スーツのままは気持ち悪い」 力を入れて身体を起こして立ち上がり、着ていたスーツを脱いでいく。 タバコの匂いがこびりついたそれをハンガーに掛けてから、パンツ一丁で消臭芳香剤のボトルを片手にジャケットにパシュパシュと中身を吹き付ける。 「んん〜、明日から休みだあ〜」 スーツをクローゼットに仕舞うと、靴下はリビングの端に壁がボコんと凹んでできている洗濯機置き場まで持って行って、フタの上にポイと置いた。 明日の午前中に部屋中の脱ぎ散らかしたものをかき集めて洗濯機に突っ込んで洗おう。 眠気と疲れで歯磨きする気さえ憚られ始めている鷹夜は、もう一度ベッドに倒れ込んだ。 「んー、、」 先程までの騒がしい居酒屋の中と違って、鷹夜の部屋はシンと静まりかえっていた。 閉じかけている視界に、ぼんやりと部屋の隅のカーテンがかかった窓が見える。 クーラーは除湿をつけてから、また部屋を満たすゴォオ、と言う音を立てている。 それでも、部屋の中はシンとしていた。 (寂しいな) 居酒屋での楽しさが、胸の中で急に萎んでいくようだった。 隣にあった人の熱気も、店の中を満たしていた人の気配も、トイレに行っても聞こえた誰かの声も、もうここにはない。 (眠い、、疲れた) シン、としていて、それが切なくて、泣くように顔を歪めて目を閉じた。 ブーッ 「あッ!?」 ブーッ ブーッ ブーッ 枕元で充電器にさしていた携帯電話が震え始める。 鷹夜はその音に驚いて飛び起きると、バクバクとうるさい心臓を撫でながら息をついて、携帯電話をひっくり返した。 「え、」 一度だけ見たことのある電話番号。 芽依からの着信だと、画面に表示されている。 「、、、」 午前0時過ぎ。 鷹夜は一瞬躊躇ったものの、充電器を抜いて携帯電話を手に取ると、緑色の通話ボタンを押して、機体を耳に押し当てた。 《こんばんはあ、鷹夜くん!》 その嬉しそうな声に、何故だかホッとしてしまった。 「こんばんは、芽依くん」 口元が緩んでいる。 けれどそんな事は、鷹夜本人も気がつかなかった。 《ごめん、何となく喋りたくて電話した》 「あのさあ、俺たちまだ友達じゃないんだけど」 《うわっ!何その言い方、私たちまだ付き合ってないんだけど、みたいな?告白待ち!?煽ってる!?》 「煽ってねえようるせーなあ!!」 テンションの高い芽依は電話口でギャハハ!と笑っている。 (変なやつ) 急にうるさくなった耳元に笑いが漏れて、鷹夜も釣られて笑った。 生暖かい部屋の中は、ふっと室温が上がったみたいに華やいでいる。 (人がいるってあったかいなあ) シンとした部屋に1人きりでいた鷹夜は、消えかけていた華金の飲み会の後の楽しい気持ちが胸に蘇り、今度は消えずに、穏やかになってそこに留まっているのを感じた。 ベッドの上でひっくり返り、白い天井を見上げて、はあー、とアルコールの抜けてきた息を吐く。 「で、なんか用?」 《あ、別に用ない。話したかっただけ》 「はあ?」 《鷹夜くんは何かないの?今日どうだった?聞きたい》 「、、、」 自分の話なんてして、彼は楽しいだろうか。 ゲームの話しでもしようかとも思ったが、あまり代わり映えがないしな、と頭の中に今日1日を巡らせて、面白そうな話題を探した。 「えーと、飲み会だった」 《は!?鷹夜くんと飲み会!?俺も行きたかった!!》 「君はさあ、何言ってんのホント。馬鹿じゃないの?」 《俺としてはめちゃくちゃ行きたい会でっせ、鷹夜はん》 「どう言うノリ?絡みづら」 呆れて笑い、鷹夜は通話をスピーカーモードに切り替えてベッドの上に携帯電話を置いた。 自由になった両手を広げてセミダブルのベッドに大の字で寝ると、右手が布団からはみ出てしまった。 《鷹夜くんて結構飲めるひと?》 「俺?めっちゃ弱いよ。今日も酒3杯でぐらぐらした」 《あー、弱いんだ。んん、でも鷹夜くんが酒弱いのは納得だわ》 「なんだと?」 ふざけた口調に2人合わせて、むふふ、と奇妙に笑った。

ともだちにシェアしよう!