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第32話「酔いどれ帰り道」

鷹夜は白桃サワーを1杯と、コークハイを1杯。 烏龍茶は4杯飲んで、2軒目へ。 1軒目の終わりで油島だけが帰り、家までのタクシー代は迷惑をかけた羽瀬が5000円を握らせた。 2次会ではコークハイを1杯と烏龍茶を2杯、最後に暖かい緑茶を飲んで、締めに鮭茶漬けを頼んで終わりにした。 「羽瀬さん立って帰れますか?」 会計カウンターの側の空いた席に座り、俯いて動かなくなった羽瀬に今田が話しかける。 「ああ、いいって、今田。俺いるときに飲むと、大体俺の家泊まるんだわ、この人」 「あ、そうなんですか」 「お前も来る?帰れる?」 「大丈夫です、帰れます。ありがとうございます」 既に意識がない羽瀬は、鷹夜と駒井がいる飲み会ではお決まりだった。 瑠璃は酒を飲まずにソフトドリンクで済ませていて、自宅から会社、会社から居酒屋近くのコインパーキングまで乗ってきた自分達の車に乗るよう、羽瀬の背中を叩いて起こしている。 これもいつもの事だった。 「雨宮くんたちは?乗ってかないの?」 「んー、大丈夫。終電まだまだ先だし、ゆっくり駅向かう」 「おっけー。じゃあまた今度な!」 瑠璃は死んだ目の駒井と違い、キラッと光る瞳を歪めて笑うと、鷹夜と今田に手を振ってその場を離れる。 何とか居酒屋から出た会社員達は、駒井夫婦と羽瀬が近くのパーキングまで歩いて行き車で帰路につき、鷹夜と今田は少しフラつきながら駅へと向かい始めた。 「羽瀬さん面白い人ですね」 「だよなあ。パチンコがなかったら優しいしカッコいいし、奥さんめちゃくちゃ好きだしで、完璧なんだけどなあ」 ふあ、と欠伸をして、鷹夜は携帯電話をスーツのズボンの尻ポケットから取り出して画面を見る。 午後23時05分。 歩いて後2分もすれば駅につく。眩い照明に照らされた改札が少し遠くにうっすらと見えている。駅に雪崩れ込む人達と、駅の中から溢れ出てくる人間達が忙しなく蠢いていた。 鷹夜の携帯電話には、何の通知も来ていなかった。 (何、してんのかな) 尻ポケットに携帯電話を戻して、フラフラとアスファルトの道を歩きながら、鷹夜は夏の始まりの匂いを肺に吸い込んだ。 「はあ、」 湿気たっぷりのそれは、肺に回ると生暖かい温度を感じさせてくる。 何故だか、頭に浮かんでいたのは芽依だった。 どうして今、彼を思い出しているのかは分からないけれど、何となくその顔を思い浮かべている。 顔と言っても竹内メイの顔なのだから、本物の彼かどうかは定かでない。 ほろ酔いな感覚は気分が良くて、視界の端がじんわりと滲んで見えて少し危なかった。 下っ腹は重いけれど、足取りは軽い。 楽しい気分だ。 (明日の午前中までは仕事なんだっけ。今日も忙しいのかな。また夜遅いのかな) 昨日は結局、朝の電話以降は連絡が来なかった。 LOOK/LOVEでしかやりとりはしておらず、連絡を取るとすれば他には電話しか方法がない。 (会う、、会うかあ。もう一回くらい会ってもいいか) 明日の事を、改めて考えた。 「今田」 隣を同じようにふらふら歩いている今田は、鞄の小さいポケットから電子カードを取り出したところで、「うん?」とこちらを向いた。 鷹夜よりも足取りはしっかりしているかもしれない。 「もしさ、芸能人と友達になれるならなる?」 「え?んー、、んー。なる。芸能人てどう言う生活してるのかとか知りたくないですか?」 「あー、興味あるよね」 「雨宮さん、芸能人に友達いるんですか?」 「いや、いないんだけど何となく。もしもの話し」 「あ、なるほど〜」 鷹夜の話しを快く受け入れて、今田は何の疑問も持たずに電子カードの入ったカード入れについているチェーンを持って、ぐるぐるとそれを回した。 「芸能人て大変そうですよね。彼女できても周りの友達に言えないだろうし、普通に飲みに行っても騒がれそうだし」 同じ道を歩いている人間達も皆、飲んだ帰りや今からまた飲みに行くような酔っ払いだ。 「あー確かに」 「あと、あれが嫌ですよね〜。パパラッチ?記者にプライベートまで監視されてネタがあったら無断で写真取られるの。友達とか知り合いに写真売られたとかも良く聞くし」 (芽依くんはまさにそれをされたんだよなあ) 何となく携帯電話で調べて頭に入れた去年の芽依のスキャンダルを思い出し、鷹夜は駅の改札機に自分の電子カードが入った二つ折りの財布を押し当てる。 ピピッと小さく音が鳴り、ゲートの先にある両開きの腰高程のドアが開いた。 「友達とかに裏切られるの、俺なら耐えられませんねー」 「ほんとだよなあ」 結婚しようとしていた彼女に写真を売られた。 芽依は確か、そんな事を言っていた。 (俺も裏切られたから、その辛さは分かる。でも俺は、俺が話した人達にしか俺とアイツのことを知られてないのに、芽依くんは違うんだよな) 何年も付き合った、高校時代から一緒にいた彼女に鷹夜自身も裏切りを受けている。 別れるならそれでいいが、付き合っている内から他の男を探されていたのはショックだった。 芽依の辛さも、裏切られたと言うそこは理解ができるのだ。 けれど鷹夜はそれを日本中に知られている訳でもなければ、外食に行った先や、少しだけ立ち寄った店の中でコソコソと何か言われる事もない。 芸能人でない自分は、「当時の彼女にアプリで知り合った男と浮気され、プロポーズの言葉と共に捨てられた男」なんて言わなければ誰にもバレないのだ。 (人間不審にならなかったのかな) いや、なったのだ。 なったからこそ、彼は自分を傷付けに来たのだろう。 (でも、傷付ける側になりきれなかったんだろうなあ) 結局鷹夜に謝る為に、芽依は必死になって彼に連絡を取った。 騙して、嘘をついて、傷付ける側に完全に染まる事は、芽依にはできなかったのだ。 (優しいんだなあ、あの子) 階段を上ってホームに着くと、月が浮かぶ夜空が見えた。 穏やかで優しい夜は、刻々と過ぎて行く。

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