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第31話「いつメン」
「羽瀬さん飲み過ぎですよ。もたれかからないで下さい。重いです」
「いーまーだあー!俺パチンコ以外にダメなとこあるかー!?ないよなあ!?」
「酒臭いです、マジ無理っす」
座敷、個室。
居酒屋の開け放った襖の中で、鷹夜、駒井、今田、羽瀬、それから、鷹夜と今田と同じ施工デザイン科の若手・油島寿久(ゆしまとしひさ)を入れての飲み会が始まってはや1時間。
揃って定時で退社すると言う強行突破を行った為、今日は鷹夜も今田も嫌味な上司・上野に何も言われずに会社を後にする事ができた。
いつもなら、「今日やれるなら明日やるものも今日やって、明日は明後日の仕事ができるようにしろ」と随分勝手な事を言うのだが、「お疲れ様でしたー!」とさっさと返事を待たずにタイムカードを切って正解だった。
(生が身体に染みるぅ)
ビールを喉奥に流し込みながら、鷹夜は何とか幸せな金曜日の夜を迎えていた。
「雨宮ぁ、お前、嫁は?」
「え?」
座敷の奥、隅の席を取ってホッと一息ついていた鷹夜に、先程まで隣にいる今田に絡んでいた筈の羽瀬が、身体をぐにゃんぐにゃんさせながら近づいて来た。
「うはははは!!羽瀬さん、コイツはまだですよ!まーだ!こないだなんてアプリで、」
「やーめーろー駒井!!このッ!」
「うわッ、やめろ!!」
長い座卓を挟んで向いにいる駒井が、鷹夜の身に起こったアプリでのあの一件を語り出そうとした瞬間、彼は駒井まで手を伸ばし、胸ぐらを掴んで、アルコールの回った身体を前後に激しく揺さぶった。
「おえっ、オエッ、やめろ!マジでやめろ!ごめんて!」
天井を見上げながら胸ぐらを掴んでいる鷹夜の手を掴み、揺さぶり攻撃に抵抗する駒井。
しかし彼の方が酔いが回っている為、鷹夜の力の強さには勝てなかった。
「何だよ雨宮〜!お兄さんに言ってみろ!ほら!」
「うわ酒くさッ!お兄さんじゃなくておじさんですよ羽瀬さんは!!」
「アッてめ、この!!2歳しか違わないだろ!!」
「こちとらおっさんの自覚ありますわ!!」
今度は鷹夜が身体にまとわりついてきた羽瀬に抵抗するため駒井から手を離し、咳き込む彼を横目に羽瀬を引き剥がしにかかる。
鷹夜は上司には嫌われているが、同僚達には好かれていて人望もあった。
「あー、頭ふわふわしてきた」
「大丈夫ですか?お水、って、あ。烏龍茶頼んでましたね。流石」
「今田、俺のことはいいから飲んでろよ。羽瀬さんとあんま話したことなかったろ。絡んどけ。いざってとき、本当に助けてくれるから」
「え、、さっきめっちゃワイシャツ引っ張られてもうぐちゃぐちゃなんですよ。行きたくないっす」
それからまた1時間経って鷹夜はほろ酔い気分で心地が良くなっていた。
彼は酒は弱いが飲むのは好きだ。自分が酒に弱い事は理解できているので、ソフトドリンクとアルコール、どちらも頼んで交互にゆっくり飲んでいる。
隣にいる今田は彼を気遣いつつ、向かいの席に移動して油島に抱きついている羽瀬を眺めた。
「それに俺、雨宮さんの隣が落ち着くし、雨宮さんと喋ってた方が気楽で楽しいです」
「え、やめて気持ち悪い」
「そう言う意味じゃねえ〜!いやでもこの感じこの感じ。いいじゃないですか、後輩にも先輩にも好かれてて」
今田は緑茶ハイを飲みながら雨宮に向かってニッと笑った。
居酒屋の中は独特な酒とタバコ、人の汗と熱気の匂いが立ち込めている。
どこからともなく「ちゅうもーん!」と言う男の声が飛び交い、「はい!」と店員の答える声がする。
店の中には鷹夜達のいる一段上がった座敷が数個と、入り口を入って目の前の広間にはテーブル席がいくつか。それから厨房を囲うカウンターテーブルがあった。
「好かれてんのかなあ。羽瀬さんは奥さん戻って来たら飲みになんて来なくなるだろうし、お前は俺たちに奢られることが目的で飲み会に参加してるしなあ」
「いやいやいや、違いますって!そう言う屁理屈ほんと、やめましょ!ね!奢られにきてますけど!」
「羽瀬さーん、今田が羽瀬さんの悪口言ってますー!!」
「わーーー!!?」
「おっ?何だとお?」
おふざけに影響された羽瀬がこちらの席に戻ってくると、ちょうど、残業終わりの駒井の妻が店に入ってきた。
「瑠璃ー!」
駒井の妻・駒井瑠璃(こまいるり)が駒井に呼ばれて上機嫌に手を振りながら、こちらの席に歩いてくる。
ショートカットの黒髪が似合う、細身で160ともう少し身長がある彼女はそのルックスを活かして、30歳を迎えるまでコスプレイヤーとして活動しネットでは中々の人気者だったらしい。
「お疲れ様です皆さーん。直樹、そこどいて〜」
気さくだが駒井を尻に敷く気の強さもある。
あと1時間経ったら店を変えて2次会に移行。帰りたい人間は1次会終了と共に家に帰ること。
瑠璃が座敷に上がるとシャキッとした駒井が参加しているメンバー達にそう伝え、また全員で乾杯をし直した。
「油島、大丈夫か?」
酒が強く、また無理な飲み方はしない、させない、させられないをモットーに夕飯代を浮かせるために飲み会に参加している今田は器用でいいが、瑠璃の登場で席替えをした結果鷹夜の隣に来た油島は鷹夜と同じくらい酒に弱く、また羽瀬の無理な飲ませ方に逆らえる程には器用ではなかった。
「無理です」
バタッとテーブルに突っ伏し、油島は小さな声でそう漏らした。
「死んだ、、!!」
「俺のことは忘れて、行って、下さい」
「生きろ〜、油島。ほら、お前アニメとか好きだったろ。瑠璃さんすげーオタクだから、そう言う話ノってくれるぞ」
「いやもう、喋ると、出ますねコレ、、っぷ」
「ヤバ。飲まされたな。分かった分かった、そのまま少し寝ろ。ここにいる人達そう言うの気にしないから」
「すみません本当に、うぇえ」
苦しそうに呼吸をして、たまに小さく嗚咽やらゲップやらを吐き出す油島の背中をさすり、鷹夜は鷹夜で周りの話を聞きながらゆっくりと酒を飲んだ。
「雨宮さん、2次会行きますか?」
席を動かなかった鷹夜の目の前の席についた今田は、駒井に寄り掛かられつつその背中を両腕で押し返し、座卓の向こうへ聞く。
鷹夜は油島の背中をさすったまま小さく唸って少し考えてから口を開いた。
「華金だしな〜、よし。行こ!」
「はい!」
鷹夜も今田もニッと笑った。
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