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第30話「気晴らし」

(クセになってるよなあ) 携帯電話を横向きに両手で持ち、画面の中に映し出されたキャラクターの装備を変えて行く。 (最近ずっとこれやってんなあ。クソゲーだけど結構面白いし、割とやり込んじゃったし、、、まあ、芽依くんと喋るネタにはなるし) いよいよ明日が芽依と会う土曜日。 昼休憩は、いつも通りに駒井が向かい、今田が隣に座って4人掛けの席を占拠して、それぞれが弁当やらコンビニで買ってきたものを食べながら、部屋の前方にある大型テレビから流れてくる音を聞いていた。 この休憩室に集まっているメンバーは若い社員が多い。 理由としては、下の階にある別の会社と提携して置いている小さな食堂がほぼ中堅以上の社員で埋まっているからだ。 ブラック企業として有名なこの会社において、上司や歳の離れた先輩達と昼休憩まで一緒にいたくない今時の若手達は逃げ回って、最終的に皆んなここに集まってくる。 30歳になった鷹夜と駒井、その2歳歳上くらいまでがこの休憩室での最年長組だった。 「雨宮さん最近ずっとそのゲームやってますね。面白いんですか?」 「んー、たまにイベントで出てくるミニゲームが面白いのと、女の子が可愛い。作業ゲーじゃないだけやりがいある」 「あれ?オタクでしたっけ?」 「そこまでじゃないかなあ。駒井の奥さんには負ける」 「え」 「うちの嫁はやべーぞ」 テーブルを挟んで向かいにいる駒井は今日は愛妻弁当のようだ。 「まあ何となくそうなのかなと思ってはいましたけど、、」 そう言って今田が見下ろしたのは駒井の弁当箱のフタだ。 それは随分昔に流行った、テレビゲームをプレイしていた筈の子供達がいつの間にかゲームの世界に入り込んでしまい、自分が育ててきたモンスターと共に現実世界に戻る為奔走する、と言うアニメの絵柄がバーンと印刷されているもので、完全に駒井の嫁の趣味で用意されたものだった。 前々からそのフタをちらちらと見ていた今田は慎重に駒井を観察して、どうにも使っている本人がオタクなのではなく、弁当を用意している嫁の方がオタクなのだと気がついていたようだ。 「それ、友達から課金ヤバいって聞きましたけど本当なんですか?」 再び鷹夜がゲームをしている携帯電話の画面を覗き、今田はサンドイッチをかじる。 「トマトサラダのチキンサンド」と言う、コンビニで新しく発売していたものだ。 「ヤバい。すごい金飛んでく」 「でもやるんですね」 「んー。ここまで課金するとやめられなくなるんだよ。それに、」 「?」 芽依に勧められて始めたそのゲームの画面を眺めつつ、一旦、操作をやめて口ごもる。 鷹夜の昼食はコンビニのおにぎり2つとインスタントの味噌汁で終わっていた。 「まあ、何か、友達?が、ずっとやってて」 「はあ」 「何か、それで」 (それで、なんだろ) 鷹夜は自分が言っている事に悶々としてしまった。 まだ解せないのだ。 「、、、」 芽依。 彼の事を友達と言うのは違う気がする。だからと言って他人よりは近くにいる。 気が合わない訳ではなく、だからと言って騙されていた事に納得していない。 謝ってくれたのは理解できていても、まだ完全に信用はできない。 (会わずに着拒してブロックして、アプリも全部退会して逃げた方が良いんだろうなあ) 冷静に日常の中にいるとそう思った。 考えてみれば、大層な話しなのだ。 婚活アプリの登録者なんてものはこのご時世では数万人はいる。 その中の自分とネカマをしていた芽依が出会って、1ヶ月間騙され抜き、結局直接会って面と向かって「嘘でした」と言われたのだから。 (そうなんだよなあ。あいつ馬鹿だよなあ。会わなくても良かったんだよ) 鷹夜はもちろん、そこに違和感を感じていた。 サクラやネカマは実際に会ってしまっては意味がないのではないだろうか、と。 騙すなら騙し抜いて、待ち合わせ場所に行った自分の元には来ず、馬鹿なヤツ、と着信拒否してブロックして終わりにすれば良かったのに。 彼は、わざわざ会おうと言ってきた。 自分から会いに来て散々な事を言ってきたのに、「謝りたかった」と電話で語っていた。 「、、、」 「雨宮ー」 「んー?」 向かい側にいる駒井に呼ばれ、鷹夜は画面を追っていた視線を彼の顔まで上げる。 切長の、気の強そうな死んだ目と目が合った。 駒井の目は構造的に光の反射がなく、鷹夜や今田のように潤ったキラキラ感がない。 曇って、陰っている。 「人殺してるだろ」と入社当時に騒がれた程、暗い眼差しをしている。 「今日飲み行く?」 ただその目は置いておいて、本人はゲラかと疑う程良く笑い、人懐こくはしゃぐ人間だった。 「んー、行こっかー。お前、奥さん呼ぶ?」 「うん」 「じゃあ俺は今田を連れて行く」 「え!え!?また行っていいんですか!?奢り!?」 「「奢り」」 「やあったあーー!ここブラックだけど、先輩方に奢ってもらえるのだけは本当に有難いっす!!」 芽依の事を相談できる相手はいない。 駒井にしろ今田にしろ、彼のように下手なお人好しではない彼らはきっと鷹夜自身を守ろうと「そいつからは離れろ」と言ってくれるだろう。 何をどう言っても、半年前のプロポーズを断られたときの自分を知っている駒井が芽依に会いに行く事に賛成する筈がない。 また騙されてるよ。 そう言われるだろう。 だから芽依の話はせず、今夜の飲み会は気楽にどうでもいい話をしようと鷹夜は思った。 「どこ行く?華金だし予約しとく?休憩あと20分あるし」 「あ、俺予約しますよ!」 「お前ら飲み行くの?俺も混ぜて」 「あ、羽瀬さん」 3人が今夜飲みに行く居酒屋を決めかねていると、近くの席にいた同僚が声を掛けてきた。 鷹夜からすれば2つ歳上、2つ上の代の先輩、羽瀬雅樹(はぜまさき)だ。 営業部、つまりは駒井の直属の先輩にあたる。 「嫁が出てってまだ帰ってこねーんだわ」 隣の4人掛けの席に座っていた羽瀬は、3人を振り返りながら椅子の背もたれに肘を置いて頬杖をついた。 「ブハッ!まーだ帰って来ないんですか!?」 ちなみに、2週間程前から妻が出て行っており、最近は独身の後輩を誘って夕飯を一緒に食べてもらっている。 極度の寂しがり屋だからだ。 羽瀬の発言に吹き出した駒井の頭をやめろと言って叩き、鷹夜は彼に笑い掛ける。 「じゃ、羽瀬さんも参加で」 「ごめんな。寂しくてな」 「ふはっ、いいっすよ」 羽瀬はくたびれた雰囲気があり、初め最低でも5個は歳上だろうと思っていたが実は32歳だ。 (芽依くんのことは忘れて、ちょっとはめはずそ) 今日はまた朝から上司である上野にねちねちと言われてあまり気分が良くない。 悩みの種は他にも色々ある。 明日は休みなのだから、華金くらい寛いで飲みに行こうと肩を緩めてゲーム画面を閉じた。 「何で奥さん出て行ったんですか?」 「パチンコのし過ぎ」 「わあ、羽瀬さんパチンカスなんですね」 (10年先輩相手にカスっつった、、) 今田はたまにこう言った口を聞いてしまうので、鷹夜はどんな席でも常に彼を自分の隣に座らせるようにしている。 今夜の飲み会も、多分そうだ。

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