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第36話「約束」

「何でまた通話繋げたままなんだよ」 《何で休みの日なのに6時に起きてんの?》 繋げたままだった通話はスピーカーモードで、芽依が服を着替える音が耳元で聞こえ、鷹夜は6時半にはしっかりと目が覚めてしまっていた。 《俺が起こしたってこと!?え、それはごめん》 爽やかな朝日がカーテンから透けて部屋の床に落ちている。 ぼんやりとそれを目を細めて眺めてから、起き上がっていた身体をボフンっとベッドのシーツに戻した。 「いや、いいけど、二度寝すればいいし」 《ん。あ、でも起きてくれて良かった。現場から直で迎えに行くよ。今日、どこに向かえば良い?》 「あ」 ベッドの上に寝転がり、昨夜し忘れた携帯電話の充電を始めながら、鷹夜はまた天井を見上げている。 着ているスウェットの上から掛け布団を被るには、今朝は少し熱かった。 もう夏が始まっているのだ。 相変わらず続いている通話の相手は芽依で、向こうは今から仕事に向かうらしい。 上機嫌に鼻歌を歌いながら何やらゴソゴソと電話の向こうで動き回っている。 (本物の竹内メイなら、それはそれで会うの恥ずかしいな) 男だけど生で見たら妊娠したりして、と考える。 世を騒がせた美貌を持った色気の化身を想像すると、どんな顔で会いにいけば良いのかまるで分からなかった。 自然と胸がどくんどくんと穏やかに大きく波打っている。 「んーと、、新宿駅がいいんだけど」 《分かった。こないだ会ったところにいてくれれば迎え行くよ》 「はーい。ありがとう。車のことも」 《あはは。それはほら、俺が車じゃないと多少困るから。あ、1時半前には駅にいてね》 「ん」 演技なのか本当なのかは定かではないが、確かに本物の竹内メイなら気軽に街中をぶらつける訳がない。 納得して、鷹夜はもう一度寝る為に目を閉じた。 《よし、準備でーきた。鷹夜くん、仕事行くから切るね》 「あ、うん」 5分程して芽依がそう言った。 鷹夜は二度寝しようにもどうにも目が冴えている。 (仕方ない。洗濯でもするか) 予定通り洗濯機を回す事にして起き上がり、部屋中に散らばったTシャツや下着、靴下を拾いだす。 《じゃ、いってきまーす。後でね〜》 「いったっしゃーい」 ブツ、と電話が切れた。 (ん?何か今普通に話してた?考えてみればこの感じも変だな) 鷹夜は出来る限り人と争う事を避ける。 まだ芽依に対して胸に少しのわだかまりを抱えていても、彼の穏やかな雰囲気に飲まれるクセもあってか、通話をするのも友人のように会話するのも疑問を持っても苛立ちを感じることはなかった。 ただ不思議な感じは確かにある。 これから、初めて「電話の相手」に会おうと言う気持ちを持って会いに行くのだから。 「MEI」ではなく、「芽依」に会う為に。 (竹内メイだったら、、んー、そうでなくても、友達になるのかな?俺) 拾い集めた衣類を洗濯機に突っ込み、箱から出した洗剤の詰まったキューブを1つ、ヒョイと服の上に投げ入れる。 フタを閉めて手前のボタンをポチポチと押し、最後に洗濯ボタンを押すと、中身が動くゴウンゴウンと言う音が聞こえた。 (、、友達に、なりたいなあ。芸能人だから?分かんねーけど、昨日みたいにのんびり電話するのも、気負わずにへらへら下らない話しするのも楽しい。芽依くんが芸能人なら芸能人で、俺みたいに普通に地味で平凡な一般人の友達がいても面白いのかもしれないし) ザバーッと水が入っていく音がし始めると、鷹夜は唯一ある小さな白いテーブルの上に置いた目覚まし時計を振り返った。 時刻は午前7時。 (腹減った、、どっかに朝飯食いに行こ〜) クローゼットに近づく。 いつもは休日にこの寝巻きから着替えるなんて事はしないくらいに引きこもる彼だが、今日は外に出る気になった。 「今日は金使うぞ〜!いつもは2日ぶっ続けで寝てるけど、今日はちゃんと起きれたし、二日酔いもないし、もう少しでボーナス出るし。こないだの冬のボーナス、1円も使ってねえし!!」 鷹夜は食費、交通費以外に特に使い所のない自分の貯金を、久々に派手に使う気になったようだ。 朝から芽依と話したせいか、いつもより幾分も気分が良い。 休日になっても実家に帰ったりはせず、だからと言って友人と遊び回れる程に体力が残っていない彼は、三十路なりの疲れの取れなさに項垂れる日が多かったのだ。 けれど今日は朝から動き回ってみようと言う気持ちが起きていた。 (モーニングだとやっぱり近くにあるカフェ?いやあでもあそこオシャレだから1人で行くの怖いな。でもハンバーガーとかって気分でもないしコンビニも微妙だし) 買ってから数回しか着ていないTシャツを着て、買ってから一度しか履いたことのないネイビーのパンツに着替える。 細身な彼の脚がスラリとしているのがよく分かる形のものだ。 「鞄、鞄、、えーっと」 休日に出掛けようとしているのが久々過ぎて、1ヶ月程前に駒井の家に遊びに行ったときに身につけていた筈のサコッシュが見当たらない。 確か、保護施設から引き取って飼い始めた猫を見せてもらいに行ったのだ。 ただでさえぐちゃぐちゃなクローゼットの中を掻き回すと、余計に散らかっていった。 ブーッ 「ん??」 まさか、また芽依か?と鷹夜はその音がした方を振り返る。 ベッドの上で充電器をさしている携帯電話が、またブーッブーッと着信中のバイブの音を上げていた。 「何だ何だ」 サコッシュ探しを中断して立ち上がり、余計に汚れたクローゼットを見て肩を落としてからベッドへ近づく。 画面をシーツに伏せて置いていた携帯電話を持ち上げてひっくり返すと、意外な人間からの着信だった。 「、、油島?」 嫌な予感がする。

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