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第37話「友達になりに」
「今日どこ行くの?」
頭の後ろから声が聞こえた。
「ん?友達になりに行くんだよ」
「あー、この間言ってた友達の友達?」
「そ!」
今日は自分の車で行くと伝えていた事もあり、撮影スタジオに着いてから中谷と合流した。
パタパタとメイクをしてもらっている芽依を背後から眺め、正面にある鏡越しに視線を合わせている中谷は「ふふっ」と柔らかそうな頬を上げて笑った。
「何その笑い」
「んー。ここんとこ人見知りするようになってたアンタが友達作りとはなあって」
彼女はまたふわふわと笑う。
スキャンダルを起こしてから1年。
彼女が言っているのは、あの一件で芽依と言う人間が以前のようにただ人懐こい人間ではなくなったと言う事だろう。
疑心暗鬼、人間不信。
彼に取り憑いた色んなものが、彼女には透けて見えているのだ。
「誰かと遊ぶの?午後は撮休だもんね」
何度か一緒の現場になった事があるメイクアップアーティスト・遠山に話しかけられ、芽依は「そうだよー」と快く返した。
芽依は鷹夜の名前や出会い方は伏せて、前から友達になりたかった友達の友達、として中谷に今日の事を話している。
役柄の為に伸ばした長い前髪をピンで上げ、額や目元をよく見えるようにした状態でメイクが施されていく芽依の顔を、遠山はときたま、ほお、と言ううっとりとした顔で眺めた。
「やっぱりお肌綺麗だよ、メイくん。本当に何してたらこうなれるの」
見惚れていたのは芽依のきめの細かい艶やかな肌だった。
「遠山さんがくれた化粧水しか使ってないよ。マジで」
「ん〜〜羨ましい!!よこせこのツヤ肌!!」
「はははは!やめてー!せっかく化粧したのに落ちる!」
遠山は男性で歳上だが、気さくでどんな年齢の人とも距離感が近い。
デビュー当時から同じ現場になるたびに芽依を可愛がってくれてきた人間の1人だ。
もちもちもち、と頬を触られていたのだが、撮影開始の時間が迫っている事もあって遠山も流石に真剣にメイクを再開する。
黙っていると渋く格好の良い、ちょっと危なそうな雰囲気のある大人の男だが、喋ると少年になると言うギャップが面白い人物でもあった。
「あ、そうだ。原作の先生との対談覚えてる?あれ本当にやるらしくて、来月の終わりに撮影入れたから」
メイの予定が書き込まれたスケジュール帳を見ていた中谷が、来月のカレンダーページに貼られた蛍光黄色の付箋を見つけて慌てて彼に伝える。
「あー、そうなんだ。結構ギリギリに決まったね。会ってみたかったから嬉しいけど」
「アンタ、小説は読むもんねえ。結城先生、今新しいの書いてるんだって。それで最近忙しくて中々スケジュール見えなかったみたい」
「ふーん、、後で本屋行こっかなー。結城さんの本ってドラマのやつともう1冊くらいしか持ってないんだよな。対談の前に出来る限り読んどいた方がいいよね」
うーん、と悩みながら芽依が上を見上げる。
中谷と事務所の社長が「僕たちはまだ人間のまま」の主演を芽依の為に必死に取りに行ったのは、彼がこの本を気に入っていた事を覚えていたからである。
スキャンダルについては本人の自己管理等に問題があったと2人とも彼を叱り、罰としてしばらくの間の謹慎を言い渡したが、その前のジェンに関しての一件もあり、芽依に何かきっかけを与えなければ、と応援も込めて取ってきたのがこの仕事だ。
マイナスな事ばかり起きている芽依の心を案じての行動だった。
「私が買っとこうか?」
他にはどんなの書いてるんだろう?と携帯電話で結城の著書を検索し始めた彼に、中谷は優しく声を掛けた。
先日まで少し心配な顔をする事が多かったが、最近はやたらと和やかな表情をしている。
そんな芽依を見るのが、中谷自身も嬉しいのだ。
「ううん。こう言うのは本屋に行ってこれ!って言うの見つけて買いたい」
「oh、、分かった」
鏡越しに笑い掛ける芽依を見つめて、中谷はゆっくりと頷いた。
(鷹夜くん、本屋くらいなら一緒に行ってくれるかな)
午後の予定を考えて胸を躍らせながら、芽依は携帯電話の画面を見つめた。
「良かったよ〜、メイくん!こないだのときとは全然違ったね!」
監督は上機嫌に芽依の肩を叩いてニッと笑い、顔中に皺を寄せた。
「ありがとうございます。その件は本当に、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「いやいやいや、アレはほら、休みなしでずっとやってもらっちゃってたし、帰りも遅い日ばっかりだったから。信じてたよ〜。ありがとうね。あれから撮影好調だったから、明日も休みにしようかって話になったんだ。予定にないところも結構撮らせてもらっちゃったから」
「え、いいんですか!?」
今日は本当なら撮休だった。
最近の芽依の好調を見ていた監督が、先日どうにも台詞に力が入らずに見送りになったシーンをやりたいと言うので、各演者、マネージャーに確認して無理矢理に予定を入れた日だったのだ。
結果は、やはり上手くいった。
詰まらせていた「それでも僕は湖糸さんを諦めません」と言う台詞が、やっと自然で流れるように芽依の口から発せられた。
それも、アドリブで彼がその台詞を言った後に悔し涙を見せた事で「カット!!」と言う監督の大興奮した声が聞こえたのだ。
「演技派の竹内メイが帰ってきた」と小声で話すスタッフさえいる程に、そのシーンは現場の人間の心を震わせた名演技で終わった。
「お疲れ」
「ありがと。携帯電話もらっていい?」
「あ、そっか。連絡取らないとね。どこで待ち合わせ?迎えに行くの?」
「うん。迎えー、、に、あれ?」
「ん?」
携帯電話の画面を見ながら芽依の動きが止まる。
後ずさって壁に背中を付けると、スタジオから楽屋までの通路の片側に立ち止まってしまった。
「、、、」
「メイ?」
LOOK/LOVEからの通知に気が付いてアプリを開くと、鷹夜からのメッセージが表示される。
行く店を決める為に送った候補の中からどれか選んだのだろうかと思って「雨宮」とのやりとりのページを覗いた芽依だったが、そこには予想外の言葉が連なっていた。
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