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第52話「TAKAYA'S THERAPY」

「窪田泰清」 「んー、、と、あれか。ちょっと前に魔女が出てくるドラマ出てた?」 「あ、ベルカの約束ね。出てた出てた」 芽依の車で鷹夜の家まで向かっている途中、芽依は彼に最近の俳優やタレントの知識がどれくらいあるのだろうかと確かめていた。 鷹夜は思っていたよりも芸能界に疎く、最近流行りのアプリなんかも知らないようだ。 「じゃあ宇野荘次郎」 「えーーっと、」 運転は芽依がしていた。 芽依の家から鷹夜の家までは車で30分程で着くらしく、カーナビに直接住所を打ち込んで案内をさせている。 (昼飯だけとか自宅知られたくないとか、もう全然どうでもよくなってしまった) 呆れる程に芽依への警戒心がなくなってしまった鷹夜は助手席の背もたれに深く寄り掛かり、「宇野荘次郎」を頭の中で検索した。 自分が流行りに疎かったり、モデルやアイドル、タレントで知らない名前が多いのは分かっていたが、まさか芽依に引かれるレベルで疎いとは思っていなかった。 (誰だ、宇野って。野球選手しか思い出せない) 野球もそれ程詳しくないくせに、こんなときばかりはきちんと選手の顔が浮かんだ。 「宇野、、宇野、、んー、、」 「本当にぃ??やべーな鷹夜くん」 「うっさ」 「あれ?映画よく見てるよね?」 「邦画はあんまり見ないの。洋画ばっかだから日本人の俳優は分からん」 うーんうーんと唸る鷹夜をちらりと横目で見つめ、芽依はふっふっと笑った。 分からないなら分からないで教えるのに、彼は律儀に思い出そうともがくのだ。 「宇野、、あ、んー、違うな、、」 「ふはっ!検索して顔見たら?思い出すんじゃない?」 「それもそうだな」 携帯電話をジャケットのポケットから取り出して、そそくさと「宇野荘次郎」を検索する。 赤信号で車を停めた芽依も、信号を気にしつつ鷹夜の携帯電話の画面を覗いた。 「あ、分かった分かった。こないだバラエティ番組出てた。あれだよね、白いご飯めっちゃ好きな子」 ズラリと荘次郎の顔が並んだ画像欄を見つめて、鷹夜はその顔を最近見た事を思い出す。 予測検索で「宇野荘次郎 白飯」と出たのはこのせいか、と変に納得した。 「そー!あはは、俺もあれ見てた。めっちゃ面白かったよね。あいつ細いのに米めっちゃ食うんだよ」 「あ。そっか、知り合い?」 「知り合いと言うかすごい仲良い友達。ずっと一緒に飲みに行ってた。そう言えば最近行ってないなあ」 数ヶ月前までは毎日のように飲み歩いていたのだが、たまに「元気?」と泰清から連絡が来るくらいで、最近はあまり飲みに行っていない。 (泰清にLOOK/LOVEやめたって話さなきゃなあ) 鷹夜と連絡先を交換したことで、芽依は即座にLOOK/LOVEを退会してしまった。 車に乗る前、彼の家で鷹夜が着替えている数分の間にだ。 それは何とも容易いアンインストールだった。 (始めた理由は不純だけど、あのアプリにも泰清にも感謝はしないとな) 結果的に鷹夜と言う、自分とは異質の考えと優しさを持った友人と出会えた。 彼が相手だったからこそ何とかなった事に変わりはないが、けれどせめて出会うきっかけをくれたアプリにも、それを勧めてくれた泰清にも小さくありがとうと頭を下げる。 「あ、芽依くん、青、青」 「あ、やべっ」 ブロンッとエンジンが鳴いて車が走り出した。 「ふうん、仲良いのかあ」 「会いたい?」 「いややめて。イケメン3人に囲まれる三十路のおっさんとか可哀想じゃん」 「三十路気にし過ぎじゃね、、?」 ふざけて三十路三十路と言っているだけなのだが、芽依は呆れたようにため息をついた。 (なーんか、竹内メイって褒めるくせに、別に俺の周りの人間に興味あるわけでもないんだよなあ) 運転しながら隣にいる鷹夜の気配を探るが、未だに携帯電話で荘次郎の写真を検索しているだけだ。 (芸能人扱いはしてくるけど別にそこに気を遣ってくる訳じゃない、、変わってるなあ) 「鷹夜くんは学生時代の友達とかいないの?」 「あー、いるよ。地方転勤になったり実家の家業継いだりしてて中々会えないけどね。会社の人達と会う方が多いかな」 「ふーん。休みの日、マジでずっと寝てたんだ」 「んん、最近はね。半年前までは日和がいたから、ずっと日和といた」 何だかストン、と空気が重くなった。 (あ、思い出してる) ちらりと隣を眺めると、窓の外を見つめたまま何か考えている鷹夜の顔が見えた。 大きな目にゆらゆらと街の風景が反射して写っている。 (辛かったんだろうな、山田さんにフラれたとき) 物思いにふける横顔はどこか寂しそうで、芽依はまずい話題を出してしまったかもしれない、と無言の車内の空気を吸い込む。 「でもまあ、昨日、今日と楽しくて、友達に会えてないとかそういうのどうでも良くなった」 「え、」 ボソ、と鷹夜が呟いたひと言はあまりにも意外で、思わず見過ごしそうになった信号の黄色にギュッとブレーキを踏んだ。 「芽依くん面白いな。日和の話し、あんまり人にしたくなかったんだけど、芽依くん相手だとそれもどうでもいいや」 弱ったように鷹夜が笑うと、芽依の胸はドクンと大きく波打った。 「いい意味でな?気が楽になるよ。ありがとうね」 どうしてそんなに優しい言葉が言えるのだろうかと、芽依は毎回不思議に思っている。 鷹夜と出会ったのはまだまだ最近の事で、初めはこちらが一方的に酷い事をしていたのに、彼はそれをすんなりと許し、自分を友達として受け入れてくれた。 そればかりか、何だかほわんほわんと心が和み、落ち着くような言葉を掛けてくれたり、空気で包んでくれたりする。 (心が洗われる、みたいな) 余計な肩の力がスッと抜けていくようなのだ。 「、、鷹夜くんといると、セラピー受けてるみたいに感じる」 「なんだそりゃ!あはは」 芽依の発言を冗談だろうと流した鷹夜は携帯電話をスーツのジャケットに戻した。 信号はまだ赤色が灯っている。 「鷹夜くん」 「んー?」 「変なこと言うけど、真面目に聞いて」 「え、なに」 神妙な顔をした芽依が、信号の色を確認してから再び鷹夜の方を向いた。 ギュッとハンドルを握る手に力を込めて、緊張しながら唇を開く。 「俺のセラピストにならない?」 「、、は?」 あまりにも突拍子もない発言に、鷹夜は表情を歪ませる。 芽依は真剣なようで、彼の返事を待っている。 「、、、信号、青だよ」 「あ。」 ブロン、とまたエンジンが鳴いた。

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