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第51話「鷹夜の考え方」

時刻は12時少し前だ。 (和むって言うか落ち着くって言うか、、たまらん) 泰清や荘次郎達と迎える泥酔後の朝方とは違い、二日酔いもなく騒がしくもない平和な朝(昼)は、いつだかまで付き合っていた彼女と当たり前に過ごしていた日常を思い出させた。 けれど不快には思わない。 まだ人を疑わず、ジェンがいなくなった事にも耐えて前を向き始めていた時期の淡く穏やかな気持ちを思い出しているのだ。 (鷹夜くんやっぱいいわあ。昔っから面倒見てくれてるお兄ちゃんって言うか、小さい頃から一緒に遊んでた地元の友達って言うか、えげつない安心感あるなあ) はあ、と安堵を込めたため息が漏れる。 「ん?どした?」 カリカリに焼けたベーコンを先に作っておいた目玉焼きの乗った白い皿に盛り付けている途中、鷹夜は芽依のため息に気が付いてそちらを向いた。 「んん、、」 「ん?」 小首を傾げて「ん?」と言う姿は童顔が活かされて様になる。 可愛い系の顔はきっと女子からも人気だったのではないか、と芽依は鷹夜を見つめて唸った。 (実家の犬の面影も、ちょっとあるんだよなあ) 名前を呼んだり「散歩行く?」と聞いたときに、「うん?」と首を傾げていた昔実家で飼っていたぺろ助の顔がヒュンッと頭の中を過ぎていく。 ちなみにトイプードルとコッカースパニエルのミックスで、コカプーと呼ばれる犬種だ。 目がクリッとしている。 「何でもない」 「え、そこまで溜めて何もないの?大丈夫?あ、ベッド借りてたのごめんな?ありがとな」 「いいよー別に」 そう言いながら鷹夜に近づき、芽依は後ろから彼の腰に手を回して抱きつき、トン、と肩に自分の額を押し付けた。 (芽依くんて少し距離感近いよなあ。パーソナルスペース狭いんかな) 普通の大人の男なら気持ち悪がりそうなその行動にも、別段鷹夜は反応せず、そのくらいしか思わなかった。 酔っ払った駒井や羽瀬に抱きつかれたり、悪い日にはキスをされて舌を入れられたりするからだろう。 距離感に疑問は抱くが、ようは慣れている。 「鷹夜くん今日ひま?」 「予定ないけど、、あ。洗濯物干し忘れた!」 回したまま放ったらかしにしてきた洗濯機の中身を思い出し、「うげ」と言う顔をしてフライパンの上の最後のベーコンを皿に移す。 「んー、じゃあ鷹夜くん家行って洗濯物干してさー、俺と遊ぼー?」 「あー、、まあ、暇だしね。遊ぼっか。芽依くん、あのさあ、連絡先に教えて。いちいちLOOK/LOVE開くのめんどい」 「え!?いいの!?」 その瞬間、ピーッピーッと電子レンジが音を立てる。 「あ、トーストできた」 鷹夜から離れた芽依が電子レンジからトーストを取り出し、用意していた皿にひょいと乗せる。 シンプルな深みのある青い皿は中々に洒落ていた。 「まあ課金してるから連絡はずっと取ってられるけど、人前であれ開くのちょっと恥ずかしくて」 「あ、そっか。あーゆーのって男は課金しないといけないんだよね。忘れてた」 「芽依くんは女で登録してるもんな」 「その件に関してはマジめんご」 「もういいけどよ」とイタズラっぽく鷹夜が笑った。 電子レンジのトースターモードでトーストをもう1枚ずつ焼きながら、2人はソファに腰掛け、出来上がった朝食兼昼食をローテーブルに乗せると携帯電話を持ち寄った。 連絡用アプリで連絡先を交換すると、ひと言ずつお互いにメッセージを送り合ってから、今日1回目の食事に口をつけた。 雑に千切って盛ったレタスとミニトマトが乗っているだけのサラダもある。 「んー、じゃあ1回俺の家行っていい?」 「うん。俺の車で行こ」 「ん、ありがと。その後は?何かしたいことあんの?」 「やー、、特にないんだけど鷹夜くんと離れたくない」 「きも」 フォークやらスプーンやらを出すのが面倒だった2人はレタスもミニトマトも指先で摘んで食べている。 ベーコンと目玉焼きはひょひょいとトーストの上に乗せてかぶりついた。 ベーコンの油が香ばしくて、目玉焼きはとろっとした黄身がパンに絡んで実に美味しい。 「んめ〜!」 「はあ、、こう言うの毎日食べたい」 「山田さんと付き合ってたときは飯ってどうしてた?」 隣で幸せそうにトーストを頬張る鷹夜を見つめて、芽依は不思議そうな顔をした。 「ん?あー、、平日はお互い仕事あったから自分のことは自分でやる。で、休日は早く起きた方が朝飯作ってた。昼はそのときそのときかな。弁当とか作ってくれてた時期もあったけど、やっぱお互い働いてるとね。中々キツくなってくるから途中でやめよって言って終わった」 「んー。サラリーマンってみんな愛妻弁当なのかと思ってた」 「コンビニ弁当との方が付き合い長いよ」 「あはは、そう言うもんか」 「んー。実際、同じ量働いてる俺は向こうの弁当とか作る余裕なかったから、ギリギリになる前にやめてもらった。有り難かったけどね」 トーストから目玉焼きの黄身が垂れそうになり、鷹夜は慌ててバクッと黄身の部分をまるまる口に入れた。 話を聞きながら、鷹夜と言う人間は酷く真っ当に育ったのだな、と芽依は考えている。 女の子が弁当を作るなんて当たり前じゃないか。 芽依自身はそう言う考えの持ち主だったのもあり、鷹夜の話しや考え方が新鮮だったのだ。 (あくまで対等なんだなあ。鷹夜くんの中では) 相手の立場になって考える、が基本なのだろう。 鷹夜の人間性は思っていたよりもお人好しで、優しく、そしてきちっと出来ているように思えた。 「どっか行くなら服も着替えよ」 「スーツだもんね。あるの」 「てかさ、この、芽依くんのTシャツデカくない?」 着ているTシャツの裾を引っ張りながら描かれているトラを見下ろして鷹夜が顔をしかめる。 確かに、芽依の身長と体格に合わせて購入されたそのTシャツは、鷹夜にはぶかぶかで尻が隠れる程長かった。 「それねえ、12万くらいすんだ〜」 「へえ、、、は?」 芽依は意地の悪い顔をして、鷹夜に向かって怪しげな声でそう言った。 「ブランドのやつだからさあ〜」 「じゅ、う、に?Tシャツが、12万!?芸能人てやつは何てもの人に着せやがる!!?」 思わずトーストを落としそうになった。

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